『種を語ること、定義すること:種問題の科学哲学』目次

網谷祐一
(2020年12月20日刊行,勁草書房,東京, viii+238+xv pp., 本体価格3,200円, ISBN:978-4-326-10288-4版元ページ

はいはい,【種】の好きなそこのアナタ,すぐ買いましょうね.目下あるワルダクミが水面下で進行中です:本屋 B&B網谷祐一×岡西政典×三中信宏「「種(しゅ)」に交われば明るくなる!~生物学者のタテマエとホンネに科学哲学者が迫る~」『種を語ること、定義すること』(勁草書房)刊行記念 | 2021年1月20日(水)20:00〜22:00 ※オンライン配信


【目次】
はじめに i

第1章 種問題とは何か 1

 1・1 イントロダクション──種問題とは何か 1
 1・2 形態学的(分類学的)種概念 7
 1・3 生物学的種概念 9
 1・4 系統学的種概念 13
 1・5 多元主義 17
 1・6 種の存在論的地位──種は個物か 18
 1・7 本書の中心的な問いとその重要性 24

第2章 合意なきコミュニケーション 31

 2・1 イントロダクション──なぜ種について合意がなくてもコミュニケーションができるのか 32
 2・2 三つのケーススタディ 35
 2・3 二論争物語──プライオリティの問題と同所的種分化の問題 48
 2・4 通約不可能性問題とコミュニケーション不全 69
 2・5 結論──定義がないのになぜコミュニケーションが成り立つのか 76

第3章 「よい種」とは何か 79

 3・1 イントロダクション──種を語るときの二つのモード 79
 3・2 二重過程説とは何か 82
 3・3 生物学者は種についてどう語るのか 94
 3・4 「よい種」とは何か 101
 3・5 生物学者は「よい種」を用いてどのように考えるのか 123
 3・6 種にかかわる推論には二つのプロセスが関与する 147

第4章 「投げ捨てられることもあるはしご」としての種 157

 4・1 イントロダクション──個々の定義を超えた「種」の理解 157
 4・2 一般種概念の構成要素を明らかにする 159
 4・3 一般種概念と個々の種の定義の関係──精緻化 169
 4・4 一般種概念はどういう認識論的役割を果たしているか 173
 4・5 「投げ捨てられることもあるはしご」としての種 182
 4・6 「一般種概念」から何が言えるのか 200
 4・7 おわりに──一般種概念とは何か、どういう役割を果たしているのか 211

おわりに 213

注 222

参考文献 [v-xv]
事項索引 [iii-iv]
人名索引 [i-ii]

『ゲンロン戦記:「知の観客」をつくる』

東浩紀
(2020年12月10日刊行,中央公論新社中公新書ラクレ・709],東京, 277 pp., 本体価格860 pp., ISBN:978-4-12-150709-9版元ページ

速攻で読了.ああ,確かにこれは文字通りの “戦記” として語られている物語.ワタクシも過去に登壇したことのある〈ゲンロンカフェ〉が本書では重要な役回りを演じている.ワタクシが縁あって〈ゲンロンカフェ〉に登壇したのは2017, 2018, 2019年の連続三年で,各年一回ずつだった.もちろん対面での夜イベントで,エンドレスになることはわかっていた.あのような言論空間は貴重.つくばに帰れないことを見越して,毎回必ず “肉の聖地” 五反田にホテルを確保するのが常だった.そういえば,本書で「大ヒット」と書かれている:『思想地図β・第1巻』にもかつてワタクシは寄稿した:三中信宏 2011. 系譜の存在パターンと進化の生成プロセス.東浩紀(編)『思想地図β・第1巻』(コンテクチュアズ,東京),pp. 208-226[英文要旨,p. 336].原稿料がとても高かった記憶がある.書き手&話し手としてしか関わってこなかったワタクシにも,山あり谷ありの本書は引き込まれてしまう.

『統計学を哲学する』読売新聞書評

大塚淳
(2020年10月30日刊行,名古屋大学出版会,名古屋, iv+242 pp., 本体価格3,200円, ISBN:978-4-8158-1003-0目次版元ページ

読売新聞大評が公開された:三中信宏科学哲学の新たな到来 —— 統計学を哲学する 大塚淳著 名古屋大学出版会 3200円」(2020年12月6日掲載|2020年12月14日公開).



科学哲学の新たな到来

 評者は方々の大学や農業試験場統計学を教えた経験が長い。統計学と聞けばすぐさま難解な数学や数式を連想して震え上がる受講者を前に、「統計学の真髄は数学ではない」と説くことから始める。ばらつきのある不確定な現象に大昔から直面してきた人間には素朴な統計的直感が備わっている。統計学はヒトのもつ認知心理的基盤を無視できない。科学哲学もまた同様に確率論と統計学の基礎と深く関わっている。

 本書は、古典的な頻度主義統計学から始まり、ベイズ統計学、モデル選択論、深層学習、そして因果推論まで、主要なテーマを取り上げ、統計学と哲学との密接な結び付きを解きほぐす。統計学史上、頻度主義とベイズ主義とは長年対立してきた。認識論的に見れば、頻度主義とは可能世界を念頭に置く外在主義(判断主体の外に正当化の論拠がある)であるのに対して、ベイズ主義とは現実世界に足場を置く内在主義(判断主体本人が信念の論拠を有する)と喝破する著者に、評者は思わず膝を打ってしまった。

 本書のもうひとつの特色は、現実世界を切り分ける「自然種【ナチュラル・カインド】」という古来の概念を統計学に導入し、母集団における変量のばらつきを記述する確率モデルを「確率種」という自然種として解釈しようという提案だ。

 近年は“データサイエンス”だの“ビッグデータ”だのとうわついたカタカナ語が飛び交うことしきりだ。しかし、統計学はもともと既知のデータから未知の仮説への橋渡しをする非演繹的な帰納推論のための学問である。その背後には単なる数学的論理にはおさまりきらない哲学(存在論・意味論・認識論)上の諸問題が横たわっている。

 本書に取り上げられたトピックスをきっかけにして生産的な議論が大きく広がることを評者は確信している。個別科学と連携しながら発展してきた科学哲学がいま統計学と結びつくことで新たな時代の幕開きを感じさせる鮮烈な新刊だ。

三中信宏[進化生物学者]読売新聞書評(2020年12月6日掲載|2020年12月14日公開)

『採集民俗論』目次

野本寛一
(2020年11月20日刊行,昭和堂,京都, xiv+707+xiv pp., 本体価格7,500円, ISBN:978-4-8122-1823-5版元ページ


【目次】

序章 採集民俗 学びの視座 1

第 I 章 木の実 15

 トチ 16
 ナラ 117
 カシ 140
 シイ・マテバシイ 159
 ブナ 175
 クリ 183
 クルミ 229
 液果――ヤマブドウ・グミ・タブ 245
 ソテツ 261

第 II 章 根塊・鱗茎 275

 ヤマイモ 276
 トコロ 301
 クズ 330
 ワラビ 348
 キツネノカミソリ 365
 キカラスウリ 382
 ユリ科・もろもろの鱗茎――ユリ・カタクリ・スミラ・ウバユリ・ノビル 393
 忘れられるイモ――ホドイモ・カシュウイモ・テンナンショウ 417

第 III 章 山菜・野草 431

 ゼンマイ 432
 山菜・野草の浄化力――シドケ・フキ・ヨモギ 473
 山を下る山菜――オオギバボウシ・フキ・タラ・ワラビ・サンショウ 499
 山菜諸景――ミズ・フジアザミ・イタドリ・クサギ 510

第 IV 章 茸 527

第 V 章 海岸と採集 571

 イワノリ――能登輪島 572
 ヒジキとマギ――熊野串本 581
 ヒシとイノーの恵み――沖縄 593
 イソモノとテングサ――伊豆 599

第 VI 章 内陸小動物 615

 サワガニ 619
 ヒキガエル 645 678
 越冬民俗論の視座 665

終章 旅の終わりに 679



あとがき 706
地名索引 [i-xiv]

読売新聞読書委員の任期を終えて

読売新聞読書委員会の納会(2020年12月15日)から一夜が明けて,ワタクシは晴れて “自由の身” となった.二年前に読書委員になったときから,居室の書棚の一角に「読売新聞書評担当本の棚」をわざわざ用意した.そして任期を終えてみると,その棚には前後二段計60冊あまりの書評本がぎっしり詰め込まれている.ワタクシの任期中の掲載書評数をカウントしてみたところ,今月の掲載予定分も含め,計59本(大評40本/小評14本/ヴィジュアル評5本)だった.それ以外に「夏の1冊」や「今年の3冊」などの紹介記事も書いたので,それらを合わせれば60本を超えるだろう.平均して毎月2〜3本掲載された勘定になる.

昨夜の納会トークでも話したことだが,隔週で開催される読書委員会に皆勤したワタクシのもとには,きまってハードカバーの「重い・厚い・高い」新刊が引き寄せられる傾向があった.読書委員会を切り盛りする文化部に “一本釣り” されて,巨岩のような本を書評したこともある.いま書評本棚を見渡すと,ワタクシの探書アンテナは,生物に関係する自然科学本や民俗生物学,統計学や確率論そしてデータ可視化の本,中世哲学に連なる科学史・科学哲学本,そして発酵・酒食・料理本に向けられていたようだ.ワタクシの書評本の選書基準は他の読書委員とは有意に異なっていた.

これまた昨夜のトークで言及したことだが,とりわけ自然科学系の新刊は他分野に比べて一般読者の目に触れる機会が少なく,知られないまま埋もれてしまうリスクが大きい.一般読者向けの新聞書評ならではの “不文律” かもしれないが,「ヨコ書き=小難しい理系本=書評対象からはずす」という “ガラスのついたて” が知らないうちに設置されているようなものだ.その “ついたて” をどのようにして超えればいいか.塚谷裕一さんの後任の読書委員としてはあえて理系ジャンル読者の掘り起こしに注力することも “お勤め” だろうと自認していた.ワタクシの後任の読書委員が誰になるのかは未公表だが,納会では「今後とも理系の科学本をよろしく」と強調した.

大手の出版社の新刊は黙っていてもどこかの新聞で誰かが書評するに決まっているから,あえて手を出す必要はないだろう.選書対象から漏れそうな出版社の新刊を積極的に取り上げた.読書委員会では毎回新刊書が並ぶが,それ以外にも読書委員からの “持ち込み本” が少なからずあり,ワタクシも自分で持ち込んだ新刊を書評したことが何度かあった.読売新聞社の “方針” との整合性云々が問題視されることもあるらしいが,ワタクシが持ち込むような本はその点ではまったく問題なし.

この二年間の “書評執筆とらのあな” でしっかり鍛えられたおかげで,ワタクシの書評力は多少ともアップしたにちがいない.新聞書評という制約の多い媒体の中で(雑誌書評とかブログ書評とはちがいがありすぎる),どのように書評文を最適化するかを考えるいい機会となった.また,新聞社ごとの書評委員会体制のちがいについても最新情報を知ることができて,とても参考になった.来年出版される拙著:三中信宏読む・打つ・書く —— 読書・書評・執筆をめぐる「理系」本ライフ[仮題]』(2021年6月刊行予定,東京大学出版会)の書評論の楽章では,読売新聞での書評経験を踏まえて書かれた旋律も多々含まれている.経験してみて初めてわかる真実もあるということだ.

—— そんなわけで,ワタクシにとっての大役はこれにて完了.おあとがよろしいようで.