「学術系インターネット:ML・ブログ・ツイッターの私的体験から」

もうすぐ出る『生物科学』誌最新号(61巻3号)の「巻頭言」として書いた文章です.

学術系インターネット:ML・ブログ・ツイッターの私的体験から

※Copyright 2010 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved



私が進化生物学メーリングリストEVOLVE)の運営を始めたのは1994年のことだった.インターネットが研究の世界にじわじわと普及しつつあることはつくばにある職場でも実感できた.しかし,コンピューターネットワークに特段のスキルがあるわけでもなかったので,せいぜい電子メールを使ってささやかな便利さを享受するだけだった.WWWで利用できるリソースはまだかぎられていた時代だった.旧農水省系の国立研究所に統計学者として就職したために,進化学や系統学の話が日常的にできる環境ではなかった.そのせいもあり,当時海外では広まりつつ会った学術系メーリングリスト(ML)というインターネットの利用のあり方に興味を覚えた.農水省の計算機センターが将来的なインターネットの利用拡大を目指して,MLシステムを導入する時期とたまたま重なっていたため,試行ケースとしてEVOLVEをセンターのサーバーに開設することができたのは幸いだった.開設宣言をアナウンスする直前は,知人を何人も勧誘しては「サクラ」メールを流すように依頼したこともあった.このような学術系MLは当時ほかにはなかったので,順調に参加会員数は伸び,また活発な議論も戦わされた.現在では会員数2200名を越えるEVOLVEも17年前の開設当初は初心者運転のまっただ中で,私自身,ML運営のノウハウを実体験の中で学びながらの主宰だった(→ 参照:三中信宏:「学術系メーリングリストのライフステージ」).



月日は流れ,新たな世紀がやってきた.WWWを通じての豊富な学術情報やリソースの恩恵にあずかる研究生活の日々を送っていたあるとき,研究者個人の実名ウェブサイトが必要になってきた.もう海外郵便や別刷り請求ハガキの時代ではない.これまた試行錯誤でhtml言語を勉強し,手書きでタグを打ちながらのウェブサイトづくりは今となってはもう古いのかもしれない.そうやってつくった自前のサイトから研究上のさまざまな情報を発信し,あるいは近況を日録という形で公開することにより,学会大会以外では対面する機会の少ない知人たちあるいはまったく知らない人たちとの情報交換をもつことができたことはウェブのもつ現世的御利益といえるだろう.さらに,その後,書評のためあるいは大学などでの講義のためのブログを次々に開設していったので,今では手に余るほどのネット活動の場を得たことになる.



そして,ツイッターの登場だ.昨年後半からこの新しいツールを本格的に使い始めているのだが(私のアカウントは「@leeswijzer」),単に「つぶやく」ための電子道具ではないことをいま認識しつつある.私の場合,ML・ウェブ・ブログ・ツイッターのすべてで実名を公開している.そのために,ツイッター上で質問をしたりコメントしたりすると,かなりの高確率で(すなわち高S/N比で)直結する情報が得られることがわかってきた.しかも,リアルタイムでのやりとりなので(タイムラインを延々とさかのぼるのはいささかつらい),待ち時間が基本的にゼロであるという特長がある.このペースについていけるユーザーにとっては言うことなしではないだろうか.私もいま日々楽しみつつツイッターを利用している.



残された個人的問題は,ML・ウェブ・ブログ・ツイッターをどのように使い分けていくかということだろう.自分自身,ブログの書き込みやツイッターのやりとりのペースに慣れてしまうと,昔からのMLになかなか“社会復帰”できなくなっていると思う.その意味ではこれらのインターネットの道具たちをうまく使い分けていくのは研究者ならばこれから誰もが直面する問題なのかもしれない.



三中信宏(2010年2月26日/2010年3月4日改訂)