『木琴デイズ:平岡養一「天衣無縫の音楽人生」』

通崎睦美

(2013年9月9日刊行,講談社,東京,342 pp., ISBN:9784062185929目次版元ページ|著者プログ〈通崎好み製作所〉)

【書評】※Copyright 2013 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved

栄光の “木琴の時代” とともに

 

マリンバやヴァイヴ以前の “木琴デイズ” の栄光と凋落を再認識させてくれる本.おもしろすぎてどうしようもない.同業者だからこそ読み取れる内容がある.

 

アメリカの「木琴黄金時代」(19世紀後半から20世紀前半)を支えた木琴メーカー〈ディーガン〉.ホンデュラス産樹齢千年のローズウッドを買い占めて木琴をつくるなんて,(いろんな意味で)現在ではありえへん.ディーガン製の廃番シロフォンなら,あの〈トゥーランドット〉の「バス・シロフォン」パートの低音域まで十分カバーできることを知った.プッチーニは同時代のディーガンの製品を知っていたということか.すでになくなってしまったこの会社の「歴史的名品」の情報は幸いにもアーカイヴされている.

 

アメリカの栄光の “木琴デイズ” について,本書の第2章「木琴王国アメリカ」(pp. 45-62)で詳しく述べられている.この時代に活躍したスパイク・ジョーンズ&ザ・シティスリッカーズの「Spike Jones and His City Slickers ― Persian Market Melody」に登場する超絶技巧シロフォンを以前たまたま聴いて悶絶したことがある.この奏者は足でタップダンスしながら,手は超絶シロフォンを正確に叩いていた.しかもコメディアンの笑みを絶やさずに.まさに超人的.こういう高い技量をもった木琴奏者がコメディアンあるいはヴォードヴィリアンとして活躍していたかと思うと,当時の木琴奏者のレベルの高さと厚さが推し量れる.〈ディーガン〉社の数々の名機もこの時代につくられて演奏されたとのこと.

 

しかし,輝かしい1920年代の木琴黄金時代が過ぎ,クラシックの木琴から現代曲のマリンバへの移行,あるいはヴォードヴィルの木琴からジャズのヴィブラフォンへの移行とともに,木琴の黄金時代が終焉を迎えることになる.

 

第10章「木琴からマリンバへ」(pp. 233-252)では,日本の歴史的事情を振り返る.戦前は本書の主人公である平岡養一や彼のライバル・朝吹英一ら名だたる木琴奏者が活躍した日本は,1950年以降,しだいにマリンバが勢力を持つようになり,1962年に力関係が逆転したと著者は言う.

 

ワタクシが京都・藤森の聖母幼稚園でマリンバ教室に通い出したのは,5歳のときからだったから1963年のことだった.ピアノ教室とヴァイオリン教室とともにマリンバ教室が開設されていた.祇園会館での発表会でも足段に乗ってマリンバを叩いた記憶がかすかにある.その後,小学校に入ってから YAMAHA 400C のマリンバが自宅に届いたとき(1969年),搬入業者が「この400Cは京都で三台目の納入です」と言っていた.あのときにはすでに木琴ではなくマリンバの時代だったのだろう.

 

〈ディーガン〉社の上記アーカイヴを見ると,朝吹英一の愛器「Artist Special 264」はC-Cの4オクターヴ,そして平岡養一が使った木琴(現在は通崎さんが所有)「Artist Special 266」はF-Cの4.5オクターヴあった.さらに大きな5オクターヴ(C-C)の木琴「Artist Special 268」もディーガンはつくっていたようだ.現在の木琴よりも単に音域が広いだけなく,巨大でかつ重かったらしい.これは木琴のもつイメージを塗り替えてしまう.いずれも1920年〜30年代の木琴黄金時代の最盛期の楽器で今となってはアンティークとしてでなければ入手不能だろう.

 

—— 本書に難がひとつあるとしたら,文献リストはちゃんとあるのに,人名索引と事項索引がないのが玉に瑕かな.京都エッセイ本とか着物本なんかいいから,著者は日米の「木琴史」をもっともっと解明してほしい.

 

三中信宏(2013年10月1日|2013年10月5日改訂|2019年1月13日再改訂)