『The Indo-European Controversy: Facts and Fallacies in Historical Linguistics』

Asya Pereltsvaig and Martin W. Lewis

(2015年4月刊行,Cambridge University Press, Cambridge, xii+324 pp., ISBN:9781107054530 [hbk] → 目次版元ページ

本書は,どこの研究分野でも生じ得る “攘夷運動” のひとつとしてあらかじめ相対化した上で,読み進めるのがいいだろう.生物体系学でも,写本系図学でも,同様の “運動” があった.ワタクシ的には,本書の著者らが歴史言語学の「比較法」をどのようにとらえるのかという点に興味がある.言語進化の確率過程によるモデル化は1950年代からすでに発表されている.その点で,分子進化の確率モデルよりもはるかに先行している.歴史言語学と系統生物学の両分野で互いに無関係に進められてきた研究のスレッドを結びつけたのが Russell Gray & Quentin Atkinson の仕事だった.

それに対して,本書はまるまる一冊を当てて彼らのベイズ言語系統学・言語系統地理学を攻撃する:「言語進化を生物進化にたとえるのは論拠がない.だから同一の方法論では解析できない;言語地理はウィルス伝播ではない」(p. 3);「Gray & Atkinson が提唱する印欧語族の「アナトリア発祥仮説」など,大半の歴史言語学者は歯牙にも掛けていないし,彼らのベイズ系統推定法なんぞ誰も認めてはいない」(p. 3);「言語学界ではトンデモ扱いされているにもかかわらず,Gray & Atkinson の研究プログラムはハイ・インパクト・ジャーナルやマスメディアでもてはやされている」(p. 4)― 学問分野間のこのあたりの “温度差” がとても興味深いが,ケンカを売るときはこうでないとね.