『都市で進化する生物たち: “ダーウィン” が街にやってくる』書評

メノ・スヒルトハウゼン[岸由二・小宮繁訳]
(2020年8月18日刊行,草思社,東京, 335+14 pp., 本体価格2,000円, ISBN:978-4-7942-2459-0目次版元ページ

生物の “都市生態” と “都市進化” をつぶさにたどる新刊で,人間がつくった都市に果敢にも進出し,しかも急速に進化する実態を多くの実例を通じて描く.著者の鋭い観察眼とユーモアあふれる文章は,進化を観察するためには人跡未踏の “秘境” に行かなければならないという一般人の先入観を軽やかに打ち砕いてくれる.生物進化は実はわれわれのすぐ近くの街ナカで今日も着実に進行している事例が次々に明らかになる.自然選択と表現型可塑性の威力は計り知れない.

著者スヒルトハウゼンは都市フィールドワークのため仙台にも滞在したことがあるという.青葉区の花壇自動車学校はハシボソガラスがゆっくり走る教習車にオニグルミの硬い実を確実に割らせる行動が観察された.イギリスやヨーロッパではシジュウカラやアオガラが牛乳瓶の蓋をこじあけてクリームを舐めた.鳥は賢い.しかし,生物の都市進化は “街が大好き” なあまり前適応した動物だけにかぎらない.モンペリエのフタマタタンポポは街路樹の根元のわずかな面積の断片化された空き地に根を張る.この植物はたった12世代の短期間で風散種子のサイズを都市ニッチで生き延びるように変化させたという.植物も賢い.

本書にはこれらのわくわくするエピソードがてんこ盛りだ.全編を通じて,都市で繁栄する生物のオンパレードだ.また,自然淘汰による進化の事例の “古典” となったオオシモフリエダシャクの “工業暗化” にまつわる研究者たちの人間模様にも言及されていて,都市進化学の系譜の長さを再認識する.

最後の第IV部では,これらの都市進化学の知見をまちづくりの計画やデザインに応用できないかを模索する野心的な章が含まれている.著者には「在来種/外来種」という区別はどうでもよくて,広域的な都市間の「遠隔連携」ネットワークと都市内の分断をアーバン・デザインに使おうとしている.著者は「都市も,手つかずの自然も等価に大事」(p. 318)であり,世界規模での外来生物たち(「生態学的超放浪者」)は「世界市民」なのだから,人間による街づくりはそれを前提にすべきであるという主張(p. 308)と主張する.この点には,さすがの岸由二も「訳者あとがき」で違和感を隠さない.

読了してみると,著者スヒルトハウゼンは純粋に進化学・生態学の研究フィールドとしての “都市” のおもしろさを伝えることに主眼を置いている.したがって,いま社会問題となっている外来アリの話題などはまったく登場しない.もちろん,ハードな “保全主義者” たちにとっては本書は煙たいかもしれない.

翻訳文はとても読みやすく,適切な訳註が随所に配置されていて,日本の読者にとっては読みやすい本に仕上がっている.とても一般読者向きの都市進化学のおもしろい新刊なのでおすすめする.本書の書評はいま書いているところで,来週には時事通信社を通じて各新聞社に配信されることになっている.

なお,原書:Menno Schilthuizen『Darwin Comes to Town: How the Urban Jungle Drives Evolution』(2018年刊行, Quercus, London, vi+344 pp., ISBN:978-1-78648-110-8 [hbk] → 版元ページ)には詳細な後註・文献リスト・索引が付属するが,翻訳に際して文献リストと索引が削られている.だから,本訳書『都市で進化する生物たち』の文献資料としての価値はゼロである.

ついでに,「誤訳,不適訳があれば,ご教示いただけると幸いである」(p. 335)とのことなので,以下に列挙する:

  • P147「ッチワーク」→「パッチワーク」
  • P148, 154, 156, 157「マンシ—サウス」と「マンシーサウス」が混在している
  • P269「『ローマとフィラデルフィアの鳥類比較鑑』」→「『ローマとフィラデルフィアの鳥類比較銘鑑』」
  • P317「イケヤ」→「イケア」

—— 以上.[2020年9月17日]