『鳥の棲む氷の国:蜂須賀正氏随筆集』

蜂須賀正氏[小野塚力編]
(2018年10月23日刊行,東都 我刊我書房,東京, 本体価格8,500円 → 書肆 盛林堂 販売サイト

全150部限定出版とのこと.ISBNも付いていないので私家版に近い書籍かもしれない.数年前に同じ版元から出版された:蜂須賀正氏『博物随想 世界の涯:幻の鳥たちを求めて』(2015年3月29日刊行,武江 我刊我書房,東京,192 pp. 税込価格6,500円 → 版元ページ)もワタクシの手元にあるが,それも限定200部の復刻本だった.また,十年あまり前に平凡社ライブラリーから出た:蜂須賀正氏『南の探検』(2006年3月10日刊行,平凡社平凡社ライブラリー・570],東京, 4 color plates+482 pp., ISBN:458276570X版元ページ)はとっくに品切れになっている.蜂須賀 “バード” 本はよほどその気にならないと出会える機会はほとんどないようだ.

【目次】

第一部 旅行記

琉球採集旅行記 7
中支生物紀行 99

第二部 博物随想

アブドゥラ王の思い出 149
イナゴの進軍 157
ニルガイ 167
フィリッピン・セレベス・モルッカ・ニューギニヤの鳥類 185
ブルガリヤ国王ファージナンド陛下 199
叫鳥(スクリーマー)の飼育 205
山階侯爵 231
中西、山階両君の名誉 241
歴史に現われた世界一の美人 249
鳥の棲む氷の国 253
瘤猪 293
熱海の椰子園 305

 

解説[寺門和夫] 315
編纂のあとに[小野塚力] 331
初出一覧 333

『絶滅できない動物たち:自然と科学の間で繰り広げられる大いなるジレンマ』

M・R・オコナー[大下英津子訳]
(2018年9月26日刊行,ダイヤモンド社,東京, 8 color plates + xxvi + 372 pp., 本体価格2,200円, ISBN:9784478067314版元ページ

動物倫理とか言われたらアタマを抱えるかもしれないが,ひょっとしたらおもしろいかも.

【目次】
カラー口絵 1-8
はじめに —— 「生命維持装置」につながれた黄色いカエル i

 

第1章 《キハンシヒキガエル》カエルの箱舟の行方:「飼育下繁殖」された生きものは自然に帰れるのか? 1
第2章 《フロリダパンサー》保護区で「キメラ」を追いかけて:異種交配で遺伝子を「強化」された生きものは元と同じか? 49
第3章 《ホワイトサンズ・パプフィッシュ》たった30年で進化した「砂漠の魚」:「保護」したつもりで絶滅に追いやっているとしたら? 89
第4章 《タイセイヨウセミクジラ》1334号という名のクジラの謎:「気候変動」はどこまで生きものに影響を与えているのか? 125
第5章 《ハワイガラス》聖なるカラスを凍らせて:「冷凍標本」で遺伝子を保護することに意味はあるか? 167
第6章 《キタシロサイ》そのサイ,絶滅が先か,復活が先か:「iPS細胞」でクローンをつくれば絶滅を止められるのか? 208
第7章 《リョコウバト》リョコウバトの復活は近い?:「ゲノム編集」で絶滅した生きものを蘇らせることは可能か? 251
第8章 《ネアンデルタール人》もう一度 “人類の親戚” に会いたくて:「バイオテクノロジーの発展」がわたしたちに突きつける大きな問い 297

 

おわりに —— 「復活の科学」は人類に何をもたらすのか? 327

 

謝辞 337
参考文献 [361-343]
注記 [372-362]

〈分類学と系統学を学ぶためのブックガイド(Version 3-October-2018)〉

三中信宏
 → http://leeswijzer.org/cladist/PhylogenyBooks3October2018.html

凡例

  • 原則として2000年以降に出版された体系学関連書から,各カテゴリーごとに主要であると私が判断したものをリストアップし,それぞれ簡単な内容紹介文と難易度を付した.
  • カテゴリー内の配列はアルファベット順である.
  • 内容の難易度については,入門的な「★(散歩)」から始まり,「★★(ハイキング)」,「★★★(トレッキング)」,「★★★★(登山)」を経て,最難度の「★★★★★(絶壁)」にいたる五段階ランキングを付けた.もちろん,ワタクシの極私的評価なのでご参考まで.
  • 下記リストに挙げた本のほとんどすべては,私の本録において書評または内容紹介と目次を公開しているので参考にされたい.

  1. 生物体系学の総合的教科書

    • David A. Baum and Stacey D. Smith『Tree Thinking: An Introduction to Phylogenetic Biology』(2013年刊行,Roberts and Company, Greenwood Village, xx+476 pp., ISBN:9781936221165 [hbk] → 目次版元ページ)★「生物体系学の基本を多くの実例とともに説明する」
    • 藤田敏彦『動物の系統分類と進化』(2010年4月25日刊行,裳華房新・生命科学シリーズ],東京,206 pp.,本体価格2,500円,ISBN:9784785358426版元ページ)★「動物体系学の教科書.前半は方法論を含む総論,後半は分類群ごとの各論」
    • 伊藤元己『植物分類学』(2013年3月25日刊行,東京大学出版会,東京,vi+145 pp., 本体価格2,800円,ISBN:9784130622219版元ページ)★「植物体系学のコンパクトな本.生物多様性情報学も含まれる」
    • Randall T. Schuh and Andrew V. Z. Brower『Biological Systematics: Principles and Applications, Second Edition』(2009年刊行,Cornell University Press[A Comstock Book ], Ithaca, xiv+311 pp.,US$59.95,ISBN:9780801447990 [hbk] → 目次版元ページ)★★「体系学の理論の骨格を一通り学べる」
    • Johann-Wolfgang Wägele『Foundations of Phylogenetic Systematics』(2005年刊行,Verlag Dr. Friedlich Pfeil, München, 365 pp., ISBN:3899370562目次)★★「ドイツ流の正統派系統体系学かと思いきや意外に著者の個性が見える」
    • Edward O. Wiley and Bruce S. Lieberman『Phylogenetics: Theory and Practice of Phylogenetic Systematics, Second Edition』(2011年6月刊行,Wiley-Blackwell, Hoboken, xvi+406 pp., ISBN:9780470905968 [hbk] → 版元ページ目次)★★「1981年の初版は定番の系統体系学教科書だった.この改訂版では最節約法だけでなく距離法・最尤法・ベイズ法まで含まれる」
  2. 分子系統学(および統計系統学と計算系統学)

    • L. Lacey Knowles and Laura S. Kubatko (eds.)『Estimating Species Trees: Practical and Theoretical Aspects』(2010年9月刊行,Wiley-Blackwell, Hoboken, xii+215 pp., ISBN:9780470526859 [hbk] → 目次版元ページ)★★★★「Gene-tree から species-tree を推論するための理論と方法論そしてアルゴリズムに関する論文集」
    • Joseph Felsenstein『Inferring Phylogenies』(2004年刊行,Sinauer Associates,Sunderland, xx+664 pp., ISBN:0878931775 [pbk] → 目次)★★★「分子データに基づく統計系統学の全体を知るにはまず本書を踏破しましょう」
    • 三中信宏統計思考の世界:曼荼羅で読み解くデータ解析の基礎』(2018年6月1日刊行,技術評論社,東京,239 pp., 本体価格2,300円, ISBN:9784774197531 [紙版]|ISBN:9784774197548 [電子版] → コンパニオン・サイト版元ページ[紙本]版元ページ[電子本])★〜★★「統計データ解析の初歩からベイズ推定まで鳥瞰する本」
    • Masatoshi Nei and S. Kumar 『Molecular Evolution and Phylogenetics』 2000年刊行,Oxford University Press, New York[根井正利,S・クマー(大田竜也・竹崎直子訳) 2006. 『分子進化と分子系統学』,培風館,東京,xii+410 pp.]★★★「これも分子系統学の定番教科書」
    • Michael S. Rosenberg (ed.)『Sequence Alignment: Methods, Models, Concepts, and Strategies』(2009年刊行,University of California Press, Berkeley, xvi+337 pp., ISBN:9780520256972版元ページ)★★★★「配列アラインメント論文集」
    • David J. Russell (ed.) 『Multiple Sequence Alignment Methods』(2014年刊行, Springer / Humana Press [Methods in Molecular Biology: 1079], New York, xii+287 pp., ISBN:9781627036450 [hbk] → 目次版元ページ)★★★★「これまた配列アラインメントの論文集」
    • Naruya Saitou『Introduction to Evolutionary Genomics』(2013年刊行, Springer Verlag [Series: Computational Biology, Vol. 17], Berlin, xxiii+461 pp., ISBN:9781447153030 [hbk] → 版元ページ)★★★「ゲノム進化の教科書.距離法と系統ネットワークがとても詳しい.2018年に増補改訂第2版が出る(と著者は言う).」
    • Ziheng Yang『Molecular Evolution: A Statistical Approach』(2014年5月刊行,Oxford University Press, Oxford, xvi+492 pp., ISBN:9780199602605 [hbk] → 版元ページ)★★★「ベイズ法の説明が超詳しい」
    • Ward C. Wheeler『Systematics: A Course of Lectures』(2012年6月刊行,Wiley-Blackwell, Hoboken, xx+426 pp.+12 color plates, ISBN:9780470671702 [hbk] / ISBN:9780470671696 [pbk] → 目次版元ページ)★★★★「最節約法のアルゴリズムをきっちり解説している」
  3. 系統推定ソフトウェアの解説書

    • Joseph Felsenstein『PHYLIP – Phylogeny Softtwares』→ URL 「今でもきっと役に立つ系統推定ソフトウェア一覧」
    • Barry G. Hall『Phylogenetic Trees Made Easy: A How-To Manual, Fifth Edition』(2017年10月刊行,Oxford University Press, Oxford, ISBN:9781605357102版元ページ)★〜★★「MEGA 7 と BEAST を使った分子系統推定のハンズオン教科書.実に6年ぶりの改訂版.」
    • Alexei J. Drummond and Remco R. Bouckaert『Bayesian Evolutionary Analysis with BEAST』(2015年8月刊行,Cambridge University Press, Cambridge, xii+249 pp., ISBN:9781107019652 [hbk] → 目次版元ページ)★★★「ベイズ系統推定のためのBEASTのマニュアル本」
    • Philippe Lemey, Marco Salemi, Anne-Mieke Vandamme (eds.)『The Phylogenetic Handbook: A Practical Approach to Phylogenetic Analysis and Hypothesis Testing, 2nd Edition』(2009年3月刊行,Cambridge University Press, Cambridge, xxvi+723 pp., ISBN:9780521877107 [hbk] / ISBN:9780521730716 [pbk])★★「さまざまな分子系統推定ソフトウェアの一覧本」
    • Emmanuel Paradis『Analysis of Phylogenetics and Evolution with R, Second Edition』(2012年刊行,Springer Science+Business Media[Series: Use R!], New York, xiv+386 pp., ISBN:9781461417422 [pbk] → 版元ページ)★★「Rの分子系統推定パッケージapeの説明書.改訂版は初版のほぼ2倍の厚さ」
  4. 数理系統学(離散数学,系統ネットワーク,スーパーツリーなど)

  5. 体系学の科学哲学(科学方法論・歴史科学性・アブダクションなど)

  6. 応用体系学(生物分類・生物地理・種間比較・共進化解析など)

  7. 生物以外の体系学(言語・写本・文化・考古など)

  8. 生物体系学の形而上学(「種」問題とか「種」問題とか「種」問題とか)

  9. 分類学と系統学の科学史

    • Andrew Hamilton (ed.)『The Evolution of Phylogenetic Systematics』(2014年刊行,University of California Press[Series: Species and Systematics, Volume 5], Berkeley, viii+309pp., ISBN:9780520276581 [hbk] → 目次版元ページ)★★「系統体系学の歴史」
    • Christine Hine『Systematics as Cyberscience: Computers, Change, and Continuity in Science』(2008年3月刊行,The MIT Press[Series: Inside Technology],320 pp.,ISBN:9780262083713 [hbk] → 目次版元ページ)★★「サイバーサイエンスとしての生物分類学の現代史」
    • David L. Hull『Science as a Process: An Evolutionary Account of the Social and Conceptual Development of Science』(1988年,The University of Chicago Press, Chicago, xiv+586 pp.,ISBN:0226360504 [hardcover] / ISBN:0226360512 [paperback])★★「生物体系学と進化生物学の半世紀史.壮大な “ゴシップ・ブック” と呼ばれている.」
    • 三中信宏系統体系学の世界:生物学の哲学とたどった道のり』(2018年4月20日刊行,勁草書房けいそうブックス],東京, 508 pp.[xii+430+lxvi pp.], 本体価格2,700円, ISBN:9784326154517コンパニオン・サイト版元ページけいそうビブリオ)★〜★★「生物体系学の過去一世紀に及ぶ現代史をたどり,体系学コミュニティの動態を探る」
    • Nelson Papavero and Jorge Llorente Bousquets『Historia de la Biología Comparada, con Especial Referencia a la Biogeografía: del Génesis al Siglo de las Luces (Volumen I - VIII)』(2007年刊行,Universidad Nacional Autónoma de México,Ciudad Universitaria,ISBN:9789703242672 [CD-ROM])★「比較生物学史」
    • И. Я. Павлинов, Г. Ю. ЛюбарскийБиологическая систематика. Эволюция идей』(2011年刊行,Сборник Трудов Зоологического музея МГУ, т.51, 667 pp. + 1 color plate, Товарищество книжных изданий КМК, Москва, ISBN:9785873176854目次 pdf)★★「生物体系学と進化概念についての歴史叙述(ロシア語)」
    • Olivier Rieppel『Phylogenetic Systematics: Haeckel to Hennig』(2016年6月刊行,CRC Press [Series: Species and Systematics], Boca Raton, xxii+381 pp., ISBN:9781498754880 [hbk] → 目次版元ページ)★★「ドイツにおける系統体系学の歴史を19世紀中盤の Ernst Haeckel の時代から説き起こし,第二次世界大戦後の Willi Hennig までたどる.」
    • Michael Schmitt『From Taxonomy to Phylogenetics: Life and Work of Willi Hennig』(2013年4月刊行,Brill, Leiden, xvi+208 pp., ISBN:9789004219281 [hbk] → 目次版元ページ)★★「分岐学派の祖である Willi Hennig の伝記」
    • David M. Williams, Michael Schmitt, and Quentin D. Wheeler (eds.) 『The Future of Phylogenetic Systematics: The Legacy of Willi Hennig』(2016年6月刊行, Cambridge University PressThe Systematics Association Special Volume Series: 86], Cambridge, xvi+488 pp., ISBN:9781107117648 [hbk] → 目次版元ページ )★〜★★★★「Willi Hennig 生誕百周年記念シンポジウム論文集」
    • Carol Kaesuk Yoon『Naming Nature: The Clash between Instinct and Science』(2009年刊行,W. W. Norton, New York, viii+344 pp., ISBN:9780393061970 [hbk] / ISBN:9780393338713 [pbk] → 目次著者サイト)[キャロル・キサク・ヨーン(三中信宏・野中香方子訳)『自然を名づける:なぜ生物分類では直感と科学が衝突するのか』2013年9月3日第1刷刊行,NTT出版,東京,vi+391 pp., ISBN:9784757160569コンパニオンサイト目次版元ページ]★「生物体系学の歴史を分類と系統の対立史として描く」
  10. 分類学と系統学の図像史

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

『何かが後をついてくる:妖怪と身体感覚』感想

伊藤龍平
(2018年8月3日刊行,青弓社,東京, 255 pp., 本体価格2,000円, ISBN:9784787220769目次版元ページ

【書評】※Copyright 2018 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved

共有された身体感覚がネーミングとヴィジュアル化を促す

日々の生活の中でふと感じる “違和感” や “ひっかかり” は,ほとんどの場合,その場その時に限定される唯一的な事象(あるいは認知現象)だろう.しかし,喉元を通り過ぎてしまえばきれいに忘れ去られてしまうことが多いのは,それらが自分ひとりの個人的なできごとであって,他者と共有されているわけでもないと自分が勝手に思い込んでいるからかもしれない.一方,ある人が遭遇したそれらのできごとや認知は,実は他人にも共有されている可能性は少なからずあるだろう.ただし,その共有性が私的ではなく公的なコミュニティのレベルで認識されているかどうかはわからない.もしも公的に認知された現象ならば,そのうち自然発生的に命名されて固有の名前をもつことになるだろう.いったん名前を有したならば,さまざまな想像力を駆使してヴィジュアルな姿形として可視化される道が拓けるにちがいない.

 

著者は本書の序の中で,誰もがもっている “身体感覚” から “妖怪感覚” が派生してくると主張する:

「私は「妖怪」とは,身体感覚の違和感のメタファーだと思っている.その違和感が個人を超えて人々の中で共有されたとき,「妖怪」として認知される.少なくとも,民間伝承の妖怪たちの多くは,そうして生まれたのだろう」(序, p. 14)

 

「夜道を歩いているときに背後に違和感を覚えたことがある人は多いだろうが,しかし,それは怪しいという感覚だけで——仮に「妖怪感覚」と呼んでおく——「妖怪」とはいえない.その感覚が広く共有されて,そこに「ビシャガツク」といった名前がつけられたとき,「妖怪感覚」は「妖怪」になる.重要なのは「共感」と「名づけ」である」(序, p. 14)

個人の身体感覚としての “妖怪感覚” はごく個人的な体験であり,そのかぎりではまったく正体不明の怪事としか言いようがない.しかし,その “妖怪感覚” が共同体レベルで共有されると,それを指し示す「名前」が付けられることになる,つまり,公認されることになる.これらいくつかの段階を経たあとで,はじめて “ヴィジュアル化” という次の段階を迎えることができる.本書の要点は,妖怪として公的に命名され視覚的に描かれるまでの前段階に関心を向けた点にある.

 

続く第1章では,東北地方の「ザシキワラシ」や学校の怪談としての「トイレの花子さん」,そして第2章では台湾の妖怪「ウトゥフ」を例に挙げる.第3章では吉田兼好徒然草』に登場する「しろうるり」なる正体不明のモノが後世どのように “妖怪化” していったかの経緯がたどられる.たとえ,名前がつけられたとしても,その “ヴィジュアル化” はまた別問題であって,鳥山石燕水木しげるによる視覚化はさまざまな変異を伴う系譜をもつ.さらに,本書後半では台湾の妖怪事情に焦点を絞り,「モシナ」のような台湾在来の妖怪だけでなく,日本から伝わった妖怪がどのように変容しつつ受容されていったかが論じられる.

 

日本と台湾にまたがる妖怪の民俗学をカバーした本書の各章には詳細な後注が付けられていて資料としても有用である.

 

それにしても,暗闇の中で湧き上がるさまざまな感覚(視覚以外の聴覚や触覚を含めて)をどのように説明すればわれわれは納得できるのか.ワタクシが十年前に書いた『分類思考の世界』の第2章「「種」よ,人の望みの喜びよ」の第2節「あるものはある,ないものもある」では,鳥山石燕の描く妖怪〈うわん〉を例に,「ある」と「ない」の境目が生み出す不安と恐怖,そして命名されることによる安心について考察した.

「「ない」と断言できれば、私たちはもちろん安心できる。逆に、「ある」となれば、恐怖感は去らないのだが、その確かな怖さに対して私たちは裏返しの安心感を抱くことができる。やっかいなのは、その判断がつかないときだ。あるなしの境目のぼやけ方がさらなる怖さを煽ってくる」(p. 51)

 

「声のみ伝わる妖怪〈うわん〉は私たちの不安の産物だ。しかし、たとえ姿形が曖昧模糊としていても、名前さえわかればとりあえずは一件落着だ。正しい名前で呼ぶことの大切さは、サイエンスとしての分類学以前から伝承されてきた東アジア固有の文化である」(p. 52)

 

「いったん名が付いてしまえば、姿形はあとでどうにでもなる。『画図百鬼夜行』の〈うわん〉は禿頭の坊主のような姿体をしている。この図を見た者は名がつけられ姿が描かれていることに対して安心するわけである。名もなきものは最初から存在していない。その逆に、名さえあれば「ない」ものも「ある」ことになる」(p. 52)

上の引用文では,ネーミングやヴィジュアルに先立つ存在論的な心もとなさをワタクシは指摘した.『何かが後をついてくる』の著者もまた同様の関心をもって議論を展開しているように感じられた.

 

「個人的な身体感覚→共有された身体感覚→命名→可視化」というコースが一般性をもつとしたら,ワタクシが日々口にしている「┣┣" 」とか「フシアワセ」とか「〆切様」もそろそろヴィジュアルな可視化をされてもいい段階かもしれないな.

 

三中信宏(2018年10月5日)

『何かが後をついてくる:妖怪と身体感覚』

伊藤龍平
(2018年8月3日刊行,青弓社,東京, 255 pp., 本体価格2,000円, ISBN:9784787220769版元ページ

日本だけでなく,著者が在住する台湾での妖怪譚をも踏まえて書かれている点で興味が湧く.

【目次】

序 妖怪の詩的想像力 11

 1 ビシャガツクに遭った夜 11
 2 妖怪感覚と命名技術 14
 3 五官に感じる妖怪 17
 4 名辞以前の恐怖 20

第1章 花子さんの声、ザシキワラシの足音 29

 1 見えない花子とザシキワラシ 29
 2 闇に這い回るもの 35
 3 「聴覚優位の時代」の妖怪 41

第2章 文字なき郷の妖怪たち 50

 1 烏来《ウーライ》古老聞き書き 50
 2 言葉を奪うウトゥフ 56
 3 魂のゆくえ 62

第3章 「化物問答」の文字妖怪 71

 1 「しろうるり」と「ふるやのもり」 71
 2 「文字尊重の時代」の妖怪たち 78
 3 妖怪と識字神話 85

第4章 口承妖怪ダンジュウロウ 98

 1 話された妖怪 98
 2 ダンジュウロウと団十郎 104
 3 「伝統」の発見と妖怪 110

第5章 狐は人を化かしたか 121

 1 「迷わし神型」の妖狐譚 121
 2 狐狸狢、冤罪説 127
 3 妖怪体験と解釈のレベル 133

第6章 台湾の妖怪「モシナ」の話 145

 1 「お前さんはモシナかい?」 145
 2 モシナの事件簿 151
 3 「鬼」化するモシナ 158

第7章 東アジアの小鬼たち 170

 1 お人よしの水鬼 170
 2 『台湾風俗誌』の鬼神たちと、沖縄のキジムナー 176
 3 韓国人アイデンティティーとトケビ 183

第8章 「妖怪図鑑」談義 195

 1 ある妖怪絵師の死 195
 2 水木少年はベトベトさんに遭ったか 202
 3 妖怪図鑑の思想――『琉球妖怪大図鑑』 208

第9章 妖怪が生まれる島 221

 1 台湾「妖怪村」探訪記 221
 2 赤い服の女の子は、なぜいない?――『台湾妖怪図鑑』 229
 3 台湾の妖怪学――『妖怪台湾』 235

 

初出・関連論文、随筆一覧 248

 

あとがき――天狗に遭った先祖 251

『ムカシのミライ:プロセス考古学とポストプロセス考古学の対話』

阿子島香・溝口孝司(監修)
(2018年10月刊行予定,勁草書房,東京, 本体価格3,000円, ISBN:9784326248490目次版元ページ

無事に責了したとの連絡あり.ブツは2018年10月20日(土)〜22日(月)に開催される考古学協会静岡大会の「図書交換会」にて陳列される.善哉善哉.今宵のひやおろしはまだ残っていたかな.

『定量生物学:生命現象を定量的に理解するために』

小林徹也(編)
(2018年8月30日刊行,化学同人[DOJIN BIOSCIENCE SERIES: 30],京都, 4 color plates + viii + 278 pp., 本体価格5,800円, ISBN:9784759817300版元ページ

ご恵贈ありがとうございます.でも,目次の入力がほんとにタイヘンで…….ああああ,まだ影も形もないワタクシの本が引用されてるぅ〜(滝汗).

【目次】
カラー口絵 C-1〜C-4
執筆者一覧 ii
はじめに iii


序章 定量生物学への招待[小林徹也] 1

Part I: 1細胞系

第1章 遺伝子発現の定量生物学[谷口雄一] 6
第2章 細胞内シグナル伝達の定量生物学[青木一洋] 21
第3章 細胞運動の定量生物学[塚田祐基・高木拓明] 35
第4章 細胞分裂定量生物学 —— 細胞骨格・細胞膜・細胞質の力学[木村暁] 56
第5章 細胞成長・増殖の定量生物学[若本祐一] 70
第6章 這いまわる細胞の走化性に関する定量生物学[澤井哲・中島昭彦] 93

Part II: 多細胞生物系

第7章 組織の力・応力の定量生物学[杉村薫・石原秀至] 109
第8章 組織変形の定量生物学[森下喜弘・鈴木孝幸] 129
第9章 個体行動の定量生物学[塚田祐基] 146
第10章 多細胞システムの定量生物学[洲崎悦生] 162

Part III: マクロ系

第11章 進化実験の定量生物学[古澤力] 178
第12章 かたち・模様・パターンの定量生物学[鈴木誉保] 195
第13章 野外トランスクリプトームの定量生物学[永野惇] 210

Part IV: 定量生物学と技術

第14章 DNAシーケンスと定量生物学[二階堂愛] 225
第15章 合成生物学と定量生物学[戎家美紀] 239


補遺 本書における数学的基礎[小林徹也・森下喜弘] 250


索引 273

『The Tangled Tree: A Radical New History of Life』

David Quammen
(2018年8月刊行, Simon & Schuster, New York, xvi+461 pp., ISBN:9781476776620 [hbk] → 版元ページ

手練のサイエンスライターによる分子系統ネットワーク学の新刊.遺伝子水平転移や細胞内共生の議論を振り返り,ツリーではなくネットワークによる新しい進化観を描く.

【目次】
Three Surprises: An Introduction ix

Part I: Darwin's Little Sketch 1
Part II: A Separate Form of Life 35
Part III: Mergers and Acquisitions 111
Part IV: Big Tree 163
Part V: Infective Heredity 213
Part VI: Topiary 269
Part VII: E Pluribus Human 313

Acknowledgments 387
Notes 391
Bibliography 403
Illustration Credits 441
Index 443

『世界で最も美しい12の写本:『ケルズの書』から『カルミナ・ブラーナ』まで』

クリストファー・デ・ハーメル[加藤磨珠枝・松田和也訳]
(2018年9月30日刊行,青土社,東京, iv+635 pp., 本体価格6,900円, ISBN:9784791770922版元ページ

【目次】
序 1

第1章 聖アウグスティヌス福音書 10
第2章 コデックス・アミアティヌス 54
第3章 ケルズの書 96
第4章 ライデン写本アラテア 140
第5章 モーガン写本『ベアトゥス黙示録註解書』 188
第6章 画家ユゴー 232
第7章 コペンハーゲン詩篇 280
第8章 カルミナ・ブラーナ 330
第9章 ジャンヌ・ド・ナヴァールの時祷書 376
第10章 ヘングウルト写本チョーサー 426
第11章 ヴィスコンティ家のセミデウス 466
第12章 スピノラ家の時祷書 508

エピローグ 566
参考文献と註 573
図版一覧 611
写本索引 618
人物索引 624
訳者あとがき[加藤磨珠枝] 633

『ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』』

和田忠彦
(2018年9月1日刊行,NHK出版[NHKテキスト・100分de名著],東京, 4 color plates + 123 pp., 本体価格524円, ISBN:9784142230907版元ページ

2018年9月のEテレ講座テキスト.最近,あちこちの書店で『薔薇の名前(上・下)』の分厚いハードカバーが平積みされているのはこのせいか.ひさしぶりに復習している.