『土とワイン』読売新聞書評

アリス・ファイアリング,スカリーヌ・ルペルティエ[小口高・鹿取みゆき(監修)|村松静枝訳]
(2019年12月28日刊行,エクスナレッジ,東京, 471 pp., 本体価格2,400円, ISBN:978-4-7678-2651-6目次版元ページ

読売新聞大評が公開された:三中信宏ワインづくりの地質学」(2020年2月16日掲載|2020年2月25日公開):



ワインづくりの地質学

 ワイン醸造にまつわる“テロワール”という不思議なことばがある。ワイン産地の気候・標高・土壌などの環境条件はもちろん、土地ごとの文化や人間社会まで含むとらえどころのない概念で、ある本にはテロワールとは「地霊(ゲニウス・ロキ)みたいなもの」と書かれていた。要するに、正体はよくわからないが、その土地のワイン造りを強力に支配するものが潜んでいるという考えだ。

 本書の著者はワインの品質を左右するテロワールはぶどう畑の土壌に由来するという。その土壌を生みだすのは地中深くに横たわる岩石だから、ワイン産地を地質学的にかたちづくる基盤岩に着目しようと主張する。テロワールを知るにはまず基盤岩を見よ。

 著者は、フランス、イタリア、スペインなど世界中の主要なワイン産地で自然派有機ワインを醸している醸造元を訪ね歩き、基盤岩のちがいがワインの風味と密接に関係することを明らかにする。たとえばフランスワインならば、ボジョレーの基盤岩は花崗岩(火成岩)であり、ブルゴーニュシャンパーニュ石灰岩(堆積岩)、ボルドーは砂利質、そしてラングドックは粘板岩(変成岩)となる。基盤岩から生まれた土壌がぶどう畑を通じてワインの発酵へとつながる筋書きはとても新鮮だ。

 本書はワインについてある程度知っている読者に向けて書かれているようで、ワインについての全般的な説明はなされていない。幸いなことに、同じ版元からディヴィッド・バード著『イギリス王立化学会の化学者が教えるワイン学入門』という入門書がほぼ同時に出版された。正体不明のテロワールとは対極的に、この本には科学としてのワイン醸造の基本と最先端の技術がぎっしり詰まっている。2冊をあわせ読むことであなたのワイン知識はよりいっそう深まるにちがいない。乾杯! 『土とワイン』は小口高・鹿取みゆき監修、村松静枝訳。

三中信宏[進化生物学者]読売新聞書評(2020年2月16日掲載|2020年2月25日公開)



書評の中では,ほぼ同時に出版された:ディヴィッド・バード[佐藤圭史・村松静枝・伊藤伸子訳]『イギリス王立化学会の化学者が教えるワイン学入門』(2019年12月23日刊行,エクスナレッジ,東京, 502+ix pp., 本体価格2,700円, ISBN:978-4-7678-2651-6版元ページ)にも言及している.まとめて読むとこの二冊の表紙並みにワイン色に染まる.

『南方熊楠のロンドン:国際学術雑誌と近代科学の進歩』目次

志村真幸
(2020年2月20日刊行,慶應義塾大学出版会,東京, viii+280+6 pp., 本体価格4,000円, ISBN:978-4-7664-2650-2版元ページ


【目次】
序章 雑誌の国の熊楠――英文論文三七六篇の意義と価値 1

第 I 部 『ネイチャー』――近代科学を支えた雑誌という装置 23

第1章 ロンドンでの二つの「転換」――なぜ植物学から離れたのか 25
第2章 「東洋の星座」に秘められた戦略――古天文学と比較民族学 41
第3章 一九世紀末の『ネイチャー』を読む――先端科学と科学啓蒙のあいだ 59
第4章 東洋への関心――日本、中国、インド 75
第5章 東洋の情報提供者から世界の探求者へ――そして熊楠の挫折 93
第6章 『ネイチャー』からの撤退――変容する雑誌空間 105

第 II 部 『ノーツ・アンド・クエリーズ』――ローカルな知とグローバルな知の接合・衝突する場 119

第7章 熊楠と『ノーツ・アンド・クエリーズ』――三四年間の投稿生活 121
第8章 質疑応答するアマチュア知識人たち――『ノーツ・アンド・クエリーズ』という世界 133
第9章 辞書の黄金時代――『オクスフォード英語大辞典』『エンサイクロペディア・ブリタニカ』を生みだした場所 153
第10章 『ノーツ・アンド・クエリーズ』的空間の世界展開――人文科学者たちの見はてぬ夢 177
第11章 熊楠は『ノーツ・アンド・クエリーズ』をいかに利用したか――論文執筆の目的 197
第12章 熊楠の西洋世界への貢献――その英文論文はいかに利用されたか 217
終 章 国際的知的空間における熊楠の役割と価値――新しい熊楠像へ 239


注 261
あとがき 275
索引 [1-6]

『オーケストラ:知りたかったことのすべて』目次

クリスチャン・メルラン[藤本優子・山田浩之訳]
(2020年2月17日刊行,みすず書房,東京, vi+541+55 pp., 本体価格6,000円, ISBN:978-4-622-08877-6版元ページ


【目次】
序文[リッカルド・ムーティ] 1
はじめに 5

第一部 オーケストラの奏者たち

1 れっきとした職業 10
2 さまざまな型 55
3 楽団員になるには 95
4 社会学 119
5 オーケストラの女性たち 131
6 生涯の道筋 143
7 歯車が止まるとき 169

第二部 構造化された共同体

1 組織と序列 180
2 弦楽器 195
3 木管楽器 246
4 金管楽器 308
5 ティンパニ 370
6 打楽器 392
7 ハープ 409
8 例外的な楽器 419
9 配置 422

第三部 指揮者との関係

1 指揮者の役目 436
2 オーケストラを前にした指揮者 466
3 指揮者を前にしたオーケストラ 505


訳者あとがき 537
付録
 1 主要オーケストラ略歴 [39-42]
 2 世界の主要400オーケストラ、国別一覧 [42-55]
出典 [35-38]
楽団名索引 [29-34]
人名索引 [1-28]

『進化のからくり:現代のダーウィンたちの物語』目次

千葉聡
(2020年2月20日刊行,講談社ブルーバックス・B2125],東京, 262 pp., 本体価格1,000円, ISBN:978-4-06-518721-0版元ページ


【目次】
まえがき 3
第1章 不毛な島でモッキンバードの歌を聞く 13
第2章 聖なる皇帝 34
第3章 ひとりぼっちのジェレミー 51
第4章 進化学者のやる気は謎の多さに比例する 69
第5章 進化学者のやる気は好奇心の多さに比例する 88
第6章 恋愛なんて無駄とか言わないで 110
第7章 ギレスピー教授の講義 128
第8章 ギレスピー教授の贈り物 143
第9章 ロストワールド 159
第10章 深い河 173
第11章 エンドレスサマー 189
第12章 過去には敬意を、未来には希望を 207
第13章 グローバルはローカルにあり 227
あとがき 246
参考文献 [259-247]
索引 [262-260]

『銀河の片隅で科学夜話:物理学者が語る、すばらしく不思議で美しいこの世界の小さな驚異』

全卓樹
(2020年2月10日刊行,朝日出版社,東京, 190 pp., 本体価格1,600円, ISBN:978-4-255-01167-7版元ページ

大手町で釣り上げた本書は別途ご恵贈いただいた.科学エッセイ新刊.このちょっとフシギな読後感とカラーイラストとの絶妙な混ざり具合は既視感があるなあ.本書はワタクシが20年も前に読んだクラフト・エヴィング商會の一連の筑摩書房エッセイ集:『どこかにいってしまったものたち』(1997年),『クラウド・コレクター』(1998年),『ないもの、あります』(2001年)を思い出させる.

『酒場の京都学』目次

加藤政洋
(2020年1月30日刊行,ミネルヴァ書房,京都, xiv+232+ii pp., 本体価格2,500円, ISBN:978-4-623-08802-7版元ページ

京都の酒場文化のなかでもとりわけ “仄暗い” エリアである「裏寺町」がクローズアップされていて,ワタクシ的にはあっという間に惹き込まれるのだった.


【目次】
はしがき i
凡例 xii
図表出所一覧 xiii

序章 裏町の酒場から 1

 1 宣伝酒場のなごり 2
 2 空間を足して割って 5
 3 裏町の風景 9
 4 本書の構成 11

第1章 〈茶屋酒〉の系譜学 15

 1 「夜毎に変る枕の数々」──谷崎潤一郎の経験 16
 2 名所における酒食の光景 19
 3 明治期の「酒場」 29
 4 酒場の系譜 34

第2章 酒場の登場 41

 1 学生文化と飲食店 42
 2 三高生の酒場 51
 3 社会問題化するカフエー 58
 4 昭和京都の飲み歩き 69

第3章 洋食酒場と花街 87

 1 三高生と女給 88
 2 四条通のカフエー 92
 3 明治京都の西洋料理屋 100
 4 古川ロッパの「色町洋食」論 109
 5 花街と〈場所の力〉 119

第4章 歓楽街の誕生 127

 1 歓楽街とはなにか 128
 2 「風俗営業」の取り締まりと歓楽街 131
 3 歓楽街の分布 138
 4 裏町「歓楽街」の成立 142
 5 変わりゆく花街 149
 6 「歓楽街」成立の地理的基盤 159

第5章 《裏寺町》の空間文化誌 169

 1 「ぼんや」をめぐる語り 170
 2 東西〈都〉の酒場風景 183
 3 《裏寺町》の正宗ホール 191
 4 戦後《裏寺町》の風景 201

終章 〈会館〉という迷宮 219

 1 集合建築としての〈会館〉 220
 2 〈会館〉の出現とひろがり 223
 3 都市の無意識──〈会館〉の立地と空間性 225


あとがき 231
店舗名等索引 [ii]
人名索引 [i]

参考:立命館大学アート・リサーチセンター〈近代京都オーバーレイマップ

『SS先史遺産研究所アーネンエルベ:ナチスのアーリア帝国構想と狂気の学術』目次

ミヒャエル・H・カーター[森貴史監訳|北原博・溝井裕一・横道誠・舩津景子・福永耕人訳]
(2020年2月29日刊行,ヒカルランド,東京, 797 pp., 本体価格9,000円, ISBN:978-4-86471-827-1版元ページ

つくばに着弾した “破格” のブツ.よくぞ出したなあ.ナチス親衛隊(SS)の国家的研究機関〈アーネンエルベ〉は第2次世界大戦中のドイツでの進化生物学の歴史をたどるときには方々で出くわす.ワタクシの『系統体系学の世界』にもアーネンエルベは登場している.第1章「第一幕:薄明の前史 —— 1930年代から1960年代まで」の「第四景:ドイツ体系学の系譜 —— 体系の重み 1931〜1966」でナチス・ドイツ時代の進化生物学を論じた(pp. 97-101).アーネンエルベ所属の進化学者たちの話を取り上げた.たとえば,ドイツ版進化的総合を成し遂げた論文集『生物の進化(Die Evolution der Organismen)』(1943)の編者ゲルハルト・へベラー(Gerhard Heberer)は〈アーネンエルベ〉所属だった.


【目次】
凡例 6
ヨーロッパ全体図 8
ドイツ国内図 10
組織図 11

 

まえがき 14

 

第1章 アーネンエルベ協会の創立 1935年 19
第2章 初期アーネンエルベの学術研究 1935‒1937年 62
第3章 拡張期のアーネンエルベ 1937‒1939年 97
第4章 第2次世界大戦までの研究業績 ‒1939年9月 152
第5章 文化政策における警察機能 199
第6章 ドイツ国境を越えた文化政策 239
第7章 戦時下の学術研究 318
第8章 アーネンエルベの軍事研究 384
第9章 戦時中の文化政策の強制的同一化措置 450
第10章 危機 514
第11章 望んだものと現実と 590

 

第2版へのあとがき 601
監訳者解説 612

 

年表 [625-620]
原注 [752-626]
図版出典一覧 [755-753]
参考文献 [783-756]
略語一覧 [786-784]
索引 [791-787]
人名索引 [795-792]

 

訳者一覧 [797-796]

 

本書は厚さ800ページで9000円.挑戦的な価格設定ではあるがけっして高くはないだろう.さて,誰がこの本を手にするのだろうか.参考情報:ななつのほしぞら「学術と妄想が融合するとき何が起こるか?2月6日新刊『SS先史遺産研究所アーネンエルベ』ご紹介!」(2020年1月18日).