『ブダペストの古本屋』

徳永康元

(1982年4月30日刊行,恒文社,東京, 240 pp., ISBN:4-7704-0486-7

【書評(まとめて)】※Copyright 2005 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved

 

ずっと探していた絶版本だったが,やっとオンライン古書店で見つかった.間髪入れずに発注する.こういうときはけっして躊躇してはいけない.価格の高低に関係なくまずは発注すること.悩むのはあとでゆっくりできる.いずれにせよ,すでに手元にある『ブダペスト日記』(2004年8月10日刊行,新宿書房,東京, 1 plate + 318 pp., ISBN:4-88008-314-3)と『ブダペスト回想』(1989年12月20日刊行,恒文社,東京, 198 pp., ISBN:4-7704-0710-6)とともに徳永康元ブダペスト三部作〉がこれでやっとすべて揃うことになった.とても喜ばしいことだ.※→半年前の愚痴メモ

 

この本には1950年代後半から1980年頃までのエッセイが集められている.最初はモルナールの劇の話,それからヨーロッパの古書店巡りのエピソードに続いていく.著者がさまざまな機会に書いているように,第二次世界大戦中のブダペスト留学から日本に帰還するまでのさまざまなエピソードが興味深い.バルトークアメリカに亡命する直前,最後にハンガリーで開いたピアノ・コンサートに行った話とか,コダーイを彼の〈ハンガリー詩篇〉の演奏会で見た話とか,さまざまな音楽談義が読める.ほかにも,ヨーロッパ各地を訪れた紀行文(とくに古書店めぐり)や旧知の想い出などなど.

 

著者はてっきりハンガリー語の専門家だとばかり思っていたのだが,本務校だっだ東京外大では,言語学だけでなく民族学も教えていたそうな.留学直前に助手として勤めていた東大図書館の直属上司だった関敬吾は後に日本の民族学の重鎮となったそうだ.そういえばカールレ・クローンの“系統学的”民俗学の本である『民俗学方法論』(1940年刊行,岩波文庫 34-223-1)の訳者はほかならない関敬吾だった.この訳書を出版した時期は,訳者が著者・徳永康元と同じ職場にいた時期と重なる.

 

徳永本に,時代をともにした知人の言語学者たち(千野栄一田中克彦工藤幸雄ら)が登場するのは当然予期されることだが,作家の田宮虎彦が著者の旧友だったり,串田孫一が東京外大での同僚だったり,いまリバイバル中の植草甚一とも知り合いだったりというのはまったく予期しない驚きだ.こういうエッセイ集を読む愉しみのひとつは,予期しなかった「点」が現われては,ぽつぽつとつながっていくのが見えることだ.あるテーマに沿って「線」が伸びていく書き下ろし単行本とのちがいはここにある.

 

—— 時間はかかったが,とにもかくにも〈ブダペスト三部作〉を読了できてよかった.

 

三中信宏(9/October/2005)