和田敦彦
(2007年2月28日刊行,新曜社,ISBN:9784788510364)
第4章「日本占領と図書購入 —— 占領地の書物エージェント」は,第二次大戦直後の混乱期にアメリカに買われていった本たちの経緯について考察する.敗戦直後という状況を考えれば,当然,戦勝国と占領国との力関係が厳然とあるわけだが,著者はアメリカが一方的に日本の図書を収奪したわけではないと言う:
だが,実際に占領下の日本における[米国]各大学の図書収集活動を具体的に追っていったときに見えてくるのは,そうした一方的な収奪という見方ではとらえきれない,むしろ双方向的で,活発な図書の交換や取引,駆引の実態なのである.この時期,書物は,相手を統治するための武器として,好意を示す贈り物として
,そしてむろん生き延びるための財として,日米両国の間で,さまざまな人や組織の間を活発に行き交う.そしてまたその動きは,後述するように通常の商取引が困難であっただけに,多様なルートを生み出しながら展開する.(pp. 142-3)
敗戦後の混乱期に,日本の書籍に関する的確な情報を得て,それを獲得する交渉ができたのはいくつかの有力なルートだった.とくに,スタンフォード大学のフーバー図書館はわざわざ東京にオフィスを置き,書籍取引のエージェントを利用して積極的に図書収集に当たったという.同様に,ミシガン大学やカリフォルニア大学(バー
クレー)も日本での図書収集に資金と熱意を注いだそうだ.そのような日本とアメリカとの間で活躍したエージェントの中でも,東京のチャールズ・E・タトルと京都のP・D・パーキンスが抜きん出ていたそうだ.タトルの会社は現在も存続し(「チャールズ・イー・タトル出版」),その一方で翻訳出版エージェンシーとして今も活動する「Tuttle - Mori Agency」の母体ともなった.
第5章「占領軍と資料収集 —— 接収活動と資料のその後」は,戦勝国との力関係がさらに前面に出る「図書接収」を論じる.著者の立場はこうなる:
ここで私が関心を向けているのはむしろ,これらの[接収]書籍が,その後たどった運命,つまりどのような人や組織を巻き込み,何を引き起こすこととなったのか,といったプロセスの方である.結果的に目の前にある蔵書にのみ目を向けるのではなく,また,接収した時点の究明にのみ力をそそぐのでもなく,それらの書物があること,残ることによってひきおこされてゆく多様な問題との関係の網の目のなかでこれらの書物をとらえてゆきたい.それがリテラリー史からのアプローチと言える.(p. 184)
図書接収を推進したのはワシントン文書センター(のちに議会図書館に移管)のような大きな機関がほとんどだったが,メリーランド大学の「プランゲ・コレクション」のような別のルートもあった.
第6章「日本の書物をどう扱うか —— 分類と棚をめぐる葛藤」は,アメリカにおける「和書分類」をめぐる長年にわたる論議を追う.とてもおもしろい.図書分類とは何か−著者は言う:
重要なのは,分類された瞬間に,その書物自体が,それを利用する読み手に対して付加的な意味を帯びるということだ.[……]つまり分類は,それ自体,分類する人びとの価値,判断基準,場合によっては偏見をも投影しているのである.そしてそれが書物自体にも影響を与える.(p. 214)
この章では,ハーバード大学で用いられてきた中国語・日本語図書の分類方式である「イェンチン分類方式」をめぐる論争を紹介している.イェール大学にいた朝河貫一によるイェンチン方式への反論は,図書分類というものの基本的性格を示していると著者は考えている(pp. 232-233).しかし,さらに後には,中国語図書とか日本語図書という地域別の分類そのものを排して,もっと普遍的な図書分類基準を立てようという気運が高まってきたそうだ(pp. 245 ff.).
第7章「書物の鎧 —— 国防予算と日本の書物」は,アメリカでの軍事研究としての「地域研究」の旗のもとに形成された日本語蔵書についての章だ.