『月刊みすず(no. 590:2011年1-2月合併号)』

(2011年2月1日発行,みすず書房,東京 → 版元ページ

この特集号の pp. 89-90 に掲載されているワタクシの選んだ5冊の書評は下記の通り:

昨年は,「系統樹」をひとつのキーワードとして,個別的な生物体系学から一般的な知識の体系化にいたる思想史の本や論文集を集中的に出版した.サイエンスの最先端に到達するまでの一千年に及ぶ系譜に興味は尽きない.ここでは関連する次の五冊を取り上げよう.


【書名】進化論の時代:ウォーレス=ダーウィン往復書簡
【著者】新妻昭夫
【刊行】2010年3月30日
【出版】みすず書房,東京
【ISBN】978-4-622-07529-5
【目次】http://d.hatena.ne.jp/leeswijzer/20100409
【書評】昨年惜しくも逝去した著者の遺作は掛け値なしの大著だった.長年にわたって著者が探り続けた進化学者アルフレット・ウォーレスがチャールズ・ダーウィンとの間で交わした約150通の往復書簡を詳細な訳注とともに解読している.二連星のごとく距離を置きつつも呼応しながら活躍したこの二人の進化学者は,彼らが生きた「進化論の時代」の証人でもあった.


【書名】ダーウィンの珊瑚:進化論のダイアグラムと博物学
【著者】ホルスト・ブレーデカンプ[濱中春訳]
【刊行】2010年12月10日
【出版】法政大学出版局[叢書ウニベルシタス949],東京
【ISBN】978-4-588-00949-5
【目次】http://d.hatena.ne.jp/leeswijzer/20110103
【書評】饒舌な画才をほとばしらせたエルンスト・ヘッケルとはちがって,ダーウィンは自らに画才がないことを自覚していた.しかし,ダーウィンが書き遺した「系統樹」を図像学的に解析することにより,まったく新たな知見と展望が得られることをこの新刊は読者に訴えかけている.後代のポストモダン思想家が何を言おうが,イメージとしての樹(ツリー)は永久に不滅である.


【書名】Cartographies of Time: A History of Timeline
【著者】Daniel Rosenberg and Anthony Grafton
【刊行】2010年
【出版】Princeton Architectural Press, New York
【ISBN】978-1-56898-763-7
【目次】http://d.hatena.ne.jp/leeswijzer/20100904
【書評】体系学は分類や系統を通して対象に関するあらゆる知識を体系化しようとする.本書は歴史的に貴重なさまざまな図版を通して,人間が歴史や時間をどのように可視化してきたかを雄弁に物語る.増大し続ける知識をいかに整理して体系化するか,その格闘の中でさまざまな図形言語が生み出されそして鍛えられていった.知識の体系化にとって樹(ツリー)という図像がきわめて有効なツールだったことは,旧約聖書の「エッサイの樹」,新プラトン主義の「ポルピュリオスの樹」,そして中世の記憶術を生んだライムンドゥス・ルルスの「学問の樹」などの実例を見ればよくわかる.


【書名】Untersuchungen zur Morphologie und Systematik der Vögel, zugleich ein Beitrag zur Anatomie der Stütz- und Bewegungsorgane
【著者】Max Fürbringer
【刊行】1888年
【出版】Verlag von Gustav Fischer, Jena
【ISBN】なし
【目次】http://d.hatena.ne.jp/leeswijzer/20100616
【書評】130年前に出版された2000ページにも達する大判の鳥類モノグラフである本書には,他に類例のない三次元的系統樹が彩色図版として添付されている.ヘッケルが描いた華麗な系統樹とはまた異なるタイプの系統樹の系譜をそこに見いだすことができる.経験的知見を踏まえた図像はそれを見る者の想像力をかき立てる.


【書名】The Red Book
【著者】Carl G. Jung著[Sonu Shamdasani, Mark Kyburz, John Peck編訳]
【刊行】2009年10月
【出版】W. W. Norton, New York
【ISBN】978-0-393-06567-1
【情報】http://www.sogensha.co.jp/booklist.php?act=details&ISBN_5=11436 [日本語版]
【書評】心理学者ユングによって半世紀にわたって門外不出とされた本書は創元社から昨年日本語訳が出た.中世の鎖付き聖書のように重厚にして巨大な本書には,読み手の目を釘付けにするおよそ200枚ものカラー図版が潜んでいる.ユングが描くと人間の「心」はこのように見えるのだろうか.私はむしろ中世初期の女性幻視者ヒルデガルト・フォン・ビンゲンの遺した絵を連想してしまった.


複数の学問領域にまたがって串刺しにする「系統樹」という大きなテーマを今年も追究していく予定である.


三中信宏:2011年1月5日]