『Phylogenetics: Theory and Practice of Phylogenetic Systematics, Second Edition』

Edward O. Wiley and Bruce S. Lieberman

(2011年6月刊行,Wiley-Blackwell, Hoboken, xvi+406 pp., ISBN:9780470905968 [hbk] → 版元ページ情報

30年前の初版:Edward O. Wiley『Phylogenetics: Theory and Practice of Phylogenetic Systematics』(1981年刊行,John Wiley and Sons,, New York, xvi+439 pp., ISBN:0471059757 [hbk] → 目次)との目次構成のちがいを比較してみた.下線部は,今回の改訂に際して新たに書かれたか,または増補された章を示している.分岐学派が1980年代に“勝利”したことを受けて,同時代の他学派(進化分類学と表形分類学)の記述はまるごとなくなり,その代わりに系統推定に関わる最尤法とベイズ法の章が追加されている.発展分岐学については予想通りアンチの立場だ.一方,距離法についてはほとんど触れられていないように見える.系統樹の概念と形質の相同性についての章も大幅に改定されている.全体として,トレンドである分子体系学に軸足を移した改訂である.また,初版では科学哲学に関する記述にかなりのページが割かれていたが,第二版ではそういう“とんがった”要素がなく,いい意味でも悪い意味でも“おとな”の教科書になった.それはこの改訂版が科学哲学的な議論から撤退したということではなく,これまで体系学者自身が手がけてきた哲学的議論を,新興の生物学哲学の業界に“アウトソーシング”したと見なすべきだろう.

【目次】
Preface to the Second Edition xiii
Preface to the First Edition xv


Chapter 1: Introduction 1
Chapter 2: Species and Speciation 23
Chapter 3: Supraspecific Taxa 66
Chapter 4: Tree Graphs 85
Chapter 5: Characters and Homology 107
Chapter 6: Parsimony and Parsimony Analysis 152
Chapter 7: Parametric Phylogenetics 203
Chapter 8: Phylogenetic Classification 229
Chapter 9: Historical Biogeography 260
Chapter 10: Specimens and Curation 316
Chapter 11: Publication and Rules of Nomenclature 331


Literature Cited 349
Index 390

本書の初版は,1980年代はじめに立て続けに出た分岐学(cladistics)の“教科書”の一冊として,歴史的な意義をもっていた.本書および他の二冊:

  • Niles Eldredge and Joel Cracraft 1980. Phylogenetic Patterns and the Evolutionary Process: Method and Theory in Comparative Biology. Columbia University Press, New York, x+349pp. [篠原 明彦・駒井 古実・吉安 裕・橋本 里志・金沢 至(訳) 1989. 系統発生パターンと進化プロセス:比較生物学の方法と理論. 蒼樹書房, 東京.]
  • Gareth Nelson and Norman Platnick 1981. Systematics and Biogeography: Cladistics and Vicariance. Columbia University Press, New York, xiv+567pp. → pdf (open access)

の教科書群は,分岐学派の「中」でのその後の発展と対立を予見させる内容だった.それは,ひとつの科学は変幻自在に変容するのだという,アンチ本質主義的な科学観を支持する実例として記憶されていくだろう.1998年の Hennig Society Meeting(サンパウロ)で Wiley さんに初めてお会いしたときに,初版の改訂中であるとの話を聞いた.その後,ずいぶん時間をかけて完成したことになる.本書の改訂は,科学のみならず,科学者もまたその立場を時間とともに変えていくことを如実に示している.

ついでながら:E. O. Wiley『系統分類学』(1991,文一総合出版)の古書価格は15,000〜20,000円,E. O. Wiley 他『系統分類学入門』(1993,文一総合出版)は5000円台.事実上の「絶版書」だから,訳本の古書価はかなり上昇しているようだ.