『Elementos de una sistemática filogenética』

Willi Hennig[Horstpeter H. G. J. Ulbrich 訳/Osvaldo Reig 監修]
(1968年刊行,Editorial Universitaria de Buenos Aires[Manuales de EUDEBA / Biologia], Buenos Aires, viii+353 pp. → 目次

ブエノス・アイレスから帰ってきたら,タイミングよくこの古書があとから追いかけてきた.Willi Hennig が第二次世界大戦敗戦直後のドイツで1950年に出版した系統体系学の古典:Willi Hennig『Grundzüge einer Theorie der phylogenetischen Systematik』(1950年刊行,Deutscher Zentralverlag, Berlin, vi+370pp.)は,著者自身によって改訂が進められ,1960年には改訂原稿が完成していた.このドイツ語改訂稿の英訳本が当時の英語圏の分岐学派の拠り所となった:Willi Hennig[D. Dwight Davis and Rainer Zangerl 訳]『Phylogenetic Systematics』(1966年刊行,University of Illinois Press, Urbana, viii+263 pp.)だ.しかし,この英訳には Hennig はまったく関われないまま出版されてしまったので,必ずしも “いい訳” とはいえないという指摘もある.

一方,その同じドイツ語改訂稿は,英訳とは別に,スペイン語にも翻訳されていたことはほとんど知られていない.1961年にブエノス・アイレスに届いたドイツ語改訂稿を踏まえ,アルゼンチンの進化学者 Osvaldo Reig(1929-92)の監修のもとに,Horstpeter H. G. J. Ulbrich が行なったスペイン語訳が『Elementos de una sistemática filogenética』だ.このスペイン語の翻訳作業にあたっては Hennig は関われたようで,Hennig による短い著者序文が付けられている.

翻訳を通じてある学説・学派の影響が言語圏をまたいで広がっていった好例が Hennig の英訳本だった.では,このスペイン語訳本がはたしてどれほどの学問的影響を及ぼしたのか.Hennig の伝記的記述をいくつか見た範囲ではスペイン語訳の存在に言及すらされていないのでほとんど情報がない.今でも中南米スペイン語圏の分岐学の教科書にはこのスペイン語訳が引用文献として載っていることもあるが,どれくらいのサーキュレーションがあったのかはよくわからない.CiNii Books で検索したかぎりでは,このスペイン語訳本は日本のどこの公的機関にも所蔵されていないようなので,日本では実際に手に取った人はほとんどいないだろう.つくばに届いた古書も造本がやや崩壊気味のペーパーバックだが,こういう “物件” は「ここにあることに意義がある」のだとワタクシは思う.

元のドイツ語改訂稿それ自体は,Hennig の死後,子息である分子生物学者 Wolfgang Hennig の編集のもとに出版された:Willi Hennig[Wolfgang Hennig 編]『Phylogenetische Systematik』(1982年刊行,Verlag Paul Parey[Pareys Studientexte: Nr. 34], Berlin und Hamburg, 246 pp., ISBN:3-489-60934-4).なお,英訳本『Phylogenetic Systematics』からの日本語への “重訳” は,九州大学教養部(当時)にいた三枝豊平さんが1981年春に完成させていた(その和訳原稿一式のコピーはワタクシの手元にある).しかし,残念なことに彼の日本語訳稿が出版されることはなかった.