『草津温泉の社会史』

関戸明子
(2018年5月25日刊行,青弓社,東京, 219 pp., 本体価格2,400円, ISBN:9784787220752目次版元ページ

江戸時代から現代にいたる草津温泉の歴史を詳細なデータに基づいて描く.第1章「草津温泉をめぐる自然と歴史叙述」は草津温泉の自然地理と歴史に関して.第2章「温泉の利用形態と管理方法」は,古くからの源泉である湯畑の泉源と,1960年代に発見された万代鉱源泉からの引湯がどのように管理されてきたかを論じる.第3章「温泉を基盤とする地域社会の形成と変容」は,本来の温泉だけでなく大規模ホテルやスキー場など周辺施設の盛衰と絡めつつ,草津温泉街の変遷と変容をたどる.かつて軽井沢から草津まで通じていた草津軽便鉄道の開通は温泉集客上とても効果があったとのことだ(それ以前は一日ではたどりつけなかった).

第4章「旅行者の動向と場所イメージ」では,大槻文彦田山花袋大町桂月らかつての文士たちの手になる草津温泉の紀行文を手がかりに,この温泉街の雰囲気をよみがえらせる.稀代の旅行ライター・田山花袋は別府と双璧を成す草津は「烈しい温泉といふことを誰も感ぜずにはゐられまい」(p. 113)と書き記した.草津の “湯もみ” と “時間湯” はこの温泉ならではの珍しい風習だが,強烈な酸性高温泉という泉質のため,湯治に来た客の多くが糜爛(ただれ)を引き起こし,場合によっては入湯したために命を落とすということもあったそうだ.草津での湯治は命がけの修行であったからこそ,その帰路にある四万温泉沢渡温泉が “いやしの湯” としての役割を果たすことになった.

最後の第5章「描かれた草津/写された草津/格付けされた草津」は本書のなかでもとりわけ出色である.温泉街が鳥瞰図や絵葉書にどのように描かれてきたかを通して,草津温泉の特色に迫る.ハンセン病療養施設があった湯之沢地区が草津温泉絵図からしだいに描かれなくなっていった経緯は興味深い.

本書の特徴は江戸時代からの絵図(鳥瞰図)と明治時代以降の絵葉書写真などのヴイジュアルな史料を踏まえている点だ.数年前に別府温泉の絵葉書本:松田法子著|古城俊秀監修『絵はがきの別府:古城俊秀コレクションより』(2012年5月30日刊行,左右社,東京,本体価格3,500円,314 pp., ISBN:9784903500751目次版元ページ)を読んだことがあったが,こういう視覚資料は歴史を探る上でのデータソースとしてとても役に立つことがわかる.