『胃袋の近代:食と人びとの日常史』感想

湯澤規子
(2018年6月30日刊行,名古屋大学出版会,名古屋, viii+325+18 pp., 本体価格3,600円, ISBN:978-4-8158-0916-4目次版元ページ

やっと読了. “大きな歴史” の流れに埋もれてしまいがちな “小さな歴史” の手がかりを一つ一つ掘り起こしながら,「胃袋」がたどってきた歴史の文脈に光を当てる.食うことはとても大事.

序章「食と人びと —— 見えない歴史の構築」で,著者は本書全体を貫く柱を呈示する:「食をめぐる様々な事象や問題を論じることはすなわち,生きることを論じることにもなるだろう.「日々食べる」ということ.この当たりまえの身体感覚を手離さずに歴史を描くことを,本書では「日常史」の構築と意味づける」(p. 4).続く章では,一膳飯屋・食堂・共同炊事など明治以降の人びとの “胃袋” を満たしてきた仕組みを論じ,さらにその外側にある農業生産・食料流通・市場経済へと話題は広がっていく.ワタクシ的には第7章「人びとと社会をつなぐ勝手口 —— 市場経済が生んだ飽食と欠乏」の “残食物・残飯屋” の話題がとくに関心を惹いた.

最後の総括である終章「胃袋からみた日本近代 —— 食と人びとをつなぐ地域の可能性」では,本書全体にわたる日常史の視座について「あまりに日常の出来事であり,あまりに身近であるために記録されてこなかった小さな物語が私たちのすぐそばの足もとには無数に存在している」(pp. 278-279)と指摘する.日々の生活の中で “食べる” というまさに「小さな物語」を足がかりにして,考察の範囲を徐々に外側に広げていくというアプローチが本書の大きな魅力だ.

本書の続刊を読めば,人びとが「食べる」と必ず「出す」という方向に著者の関心が向かったのはむべなるかな:湯澤規子『ウンコはどこから来て、どこへ行くのか:人糞地理学ことはじめ』(2020年10月10日刊行,筑摩書房ちくま新書・1523],東京, 247 pp., 本体価格840円, ISBN:978-4-480-07330-3感想版元ページ).