『学術出版の来た道』書評

有田正規
(2021年10月7日刊行,岩波書店[岩波科学ライブラリー・307],東京, vi+148+10 pp., 本体価格1,500円, ISBN:978-4-00-029707-3目次版元ページ

読了.これは超オススメ本.とくに現役研究者には必読書.学術出版社と学術誌のたどってきた歴史を見渡しつつ,現在のアカデミアの状況がなぜこうなってしまったのかを冷静に記述する.第4章までは学術書・学術論文の出版史が中心だが,第5章以降が出色だ.コンパクトながら,学術出版社の経営・学術誌ビジネスモデルの変遷・オープンアクセス誌の光と影・インパクトファクター煉獄・学術誌包括契約(ビッグディール)・OAメガジャーナルなど主要な問題点がすべて列挙されている.

 

本書『学術出版の来た道』を読み終えて考え込まざるを得ないのは,すぐに実行できるような解決策が「ない」こと,にもかかわらずこのまま放置すれば(少なくとも日本の)科学は「持続可能」ではなくなること —— 著者はアカデミアを取り巻く環境を淡々と記述しつつも,安直な解決策を提示しない.たとえば,学術誌出版社が誰から金を巻き上げようとしているかについて,「ビッグディールで疲弊しきった大学図書館からは,購読料の増収は期待できない.そこで出版社は,研究者個人の研究費という新たな金脈に群がったのだ」(p. 105)と指摘する.確かにそうなっていますよね.では,どうすればいい?

 

学術誌の出版社と経営形態の変遷に関する分析の好例は Nature 誌のケーススタディーだ:Melinda Baldwin『Making Nature: The History of a Scientific Journal』(2015年8月刊行, The University of Chicago Press, Chicago, viii+309 pp., ISBN:978-0-226-26145-4 [hbk] / ISBN:978-0-226-26159-1 [e-book] → 版元ページ).この本は本書でも引用されている.

 

また,本書では科学を語る「リンガ・フランカ」がフランス語→ドイツ語→英語と時代的に推移してきたと書かれている.参考になる文献は:Michael D. Gordin『Scientific Babel: How Science Was Done Before and After Global English』(2015年4月刊行,The University of Chicago Press, Chicago, vi+415 pp., ISBN:978-0-226-00029-9 [hbk] → 目次版元ページ情報).

 

—— ワタクシ的には本書には索引を付けてもらいたかった.それ以外は何も注文は付ける必要がない.多くの読者のもとに本書が届きますように.