『Darwins Pictures: Views of Evolutionary Theory, 1837-1874』

Julia Voss[Lori Lantz訳]

(2010年刊行,Yale University Press, New Haven, x+340 pp.+ 16 color plates, ISBN:9780300141740 [hbk] → 目次版元ページ情報

著者の基本的スタンスは,19世紀に進化思想が普及するのにあたっては,視覚的メディア(図像・絵画・写真・イラストなど)の貢献度が極めて大きかったことを積極的に評価しようという点にある.つまり,時空的変遷というプロセスを「系統樹」のような視覚メディアとして表現することにより,一般への浸透度が高まったという言説である.しかし,序論の中で,著者はもう一歩踏み込んで,ダーウィンやヘッケルは系統樹を描くことを通じて,進化学の思想を育んでいったのではないかと述べている.つまり完成品としての進化思想の売り込みにおいてだけではなく,進化思想という製品づくりの時点ですでに視覚的要素が深く関わっていたという推論である.これはたいへん興味深い.

第1章「The Galápagos Finches: John Gould, Darwin's Invisible Craftsman, and the Visual Discipline of Ornithology」(pp. 14-60)を読了.チャールズ・ダーウィンのビーグル号航海でのガラパゴス・フィンチ標本を調べた王立アカデミーの鳥類学者ジョン・グールドの業績に光を当て,19世紀の鳥類学が「視覚的科学(visual science)」として成立した背景を論じている.「鳥の絵」がフィールドガイドのような鳥類図鑑として一般読者に普及した19世紀前半は,廉価な図版の印刷技術が広まったことが大きな理由だったという.グールドあるいは同時代のオーデュボンは上流階級向けに高価で豪華な彩色鳥類図譜を出し続けたが,それとはべつに一般読者向けのモノクロ図版の鳥類図鑑が流行したという.グールドは,ちょうどレンブラントのような「工房」を設立して,効率的かつ機動的に鳥類図版を描いては印刷していたようだ.

図像学的な「解析」は状況証拠の積み上げがイノチであるだけに,いろいろとむずかしい問題が潜んでいるようだ.この章で,著者はダーウィンの「系統樹」に関する図像学的解析を行なった先駆的研究:ホルスト・ブレーデカンプ[濱中春訳]『ダーウィンの珊瑚:進化論のダイアグラムと博物学』(2010年12月10日刊行,法政大学出版局[叢書ウニベルシタス949],東京,16 color plates + iv+185 pp., 本体価格2,900円,ISBN:9784588009495目次情報版元ページ大学出版部協会ページ)に関して,ダーウィン系統樹と生物としてのサンゴの表面的類似性だけでは多くを論じることはできないという批判的コメントを記している.しかし,ダーウィンの有名な「無根系統樹」がフィンチを念頭に置いた系統樹ではないかという著者自身の推論に対しても同様の批判がなされてもおかしくないだろう.