『日本語の考古学』

今野真二

(2014年4月18日刊行,岩波書店岩波新書・新赤版1479],東京,viii+258 pp., ISBN:9784004314790版元ページ

現代につながる過去の日本語の読み書きの様相はどのようであったか.どんな点が伝承され,あるいは消えていったのか.本書は,日本語の読み書きがたどってきた記録を残す歴史資料を具体的に示しながら,このテーマを追究する.

たとえば,タテ書き日本語文の「行」の認識ひとつをとっても話は単純ではない.第4章「「行」はいつ頃できたのか:写本の「行末」を観察する」では行頭禁則処理の長い伝統が垣間見え,続く第5章「和歌は何行で書かれたか:「書き方」から考える日本文学と和歌」では改行の規則もまた時代とともに変遷してきたことがわかる.

また,第8章「なぜ「書き間違えた」のか ―誤写が伝える過去の息吹」は和書の写本伝承プロセスに関する実例を知ることができる.

最後の第10章「テキストの「完成」とは:版本の「書き入れ」」では,文字になった文章を読む “構え” が時代によって変遷し,ばらつきがあったという.

10章からの抜き書き:

  • 「現代では,読者にとって『わかりやすい』書物が求められることが多い.『わかりやすい』とは『そのまますぐに食べられる食物』,場合によっては『噛まなくてもいい食物』のようなものだろう.古活字版は,そのまますぐには食べられない.読み手も料理に参加して初めて食べられるようになる.料理に参加し,できあがったものを咀嚼する力のない者は食べられない.書物を読む,テキストを読むというのはそういう面を持っていたのではないだろうか」(p. 234).

  • 「テキストとは,書物とは,『今,ここ』ですぐに開花しなくてもいい.何代もの読み手にうけつがれ,時間をかけて空間を超えて熟成していくこともあるのだ」(p. 242)

蝉しぐれの炎天下にこういう本を歩き読みつつ考えているとクラクラしてしまう.

【目次】
はじめに i
第1章:「書かれた日本語」の誕生 ―最初の『万葉集』を想像する 1
第2章:『源氏物語』の「作者」は誰か ―古典文学作品の「書き手」とは 21
第3章:オタマジャクシに見えた平仮名 ―藤原定家の『土左日記』 43
第4章:「行」はいつ頃できたのか ―写本の「行末」を観察する 71
第5章:和歌は何行で書かれたか ―「書き方」から考える日本文学と和歌 95
第6章:「語り」から「文字」へ ―流動体としての『平家物語』 119
第7章:「木」に読み解く語構成意識 ―「ツバキ」と「ヒイラギ」と 149
第8章:なぜ「書き間違えた」のか ―誤写が伝える過去の息吹 169
第9章:「正しい日本語」とは何か ―キリシタン版の「正誤表」から 197
第10章:テキストの「完成」とは ―版本の「書き入れ」 225
おわりに 243
あとがき 255