デイヴィッド・クォメン[的場知之訳]
(2020年2月29日刊行,作品社,東京, 8 plates + 376 + 60 pp., 本体価格3,600円, ISBN:978-4-86182-796-9 → 目次|版元ページ)
読売新聞の大評が公開された:三中信宏「進化はネットワークだ —— 生命の〈系統樹〉はからみあう デイヴィッド・クォメン著 作品社 3600円」(2020年6月7日掲載|2020年6月15日公開)
進化はネットワークだ
生物進化を枝分かれする“系統樹”とみなす先入観は無数の生きものの多様性を階層的に理解するためのグラフィック・ツールとしては役立つ。しかし、分岐的な系統樹が現実の進化パターンをうまく表現できるとは必ずしもかぎらない。450ページにも及ぶ本書は、分岐するツリーに代わる新たな系統発生モデルとして、網状にからみあった“系統ネットワーク”が登場する舞台裏を究明した科学史の労作だ。
しかし、本書に描かれる“からみあい”の様相は一筋縄ではいかない。太古の昔、細胞内に別の細胞が入りこんだとする「細胞内共生説」によれば異なる生物系統は複雑にからみあう。この説はリン・マーギュリスという稀代の語り部を得て現代に華々しく復活した。
第二に、1970年代の分子系統学の黎明期、リボソームRNA(核酸)の情報をもとに、真核生物と細菌に並ぶ第三の生命形態である「古細菌」を発見したカール・ウーズが舞台に登場し、同僚フォード・ドゥーリトルをも巻き込んで全生物の起源をめぐる大きな論争につながった。際立つ個性をもつ彼ら研究者群像の織りなす人間関係のからみあいも本書のもうひとつの読みどころだ。
さらに、生物のゲノム自体もまたからみあう。ゲノムを構成する遺伝子群の広範囲な「遺伝子編集」と「水平伝播」の結果、たとえばヒトのゲノムにはヒト以外の生物の遺伝子が数多く組み込まれているからだ。生物間の遺伝子の相互乗り入れは“種”の壁を生物学的にも概念的にも突き崩している。
近年の膨大な遺伝子情報を踏まえた系統ゲノム学のめざましい進展がもたらす複雑な系統ネットワークはおそらく人間の直感的な読解能力をはるかに上回っているだろう。われわれはこのからみあう現実をどのように理解すればいいのだろうか。訳文はとても読みやすい。事項索引があればもっとよかったのに。的場知之訳。
三中信宏[進化生物学者]読売新聞書評(2020年6月7日掲載|2020年6月15日公開)
ちょっと気になる点ふたつ.原書には事項索引・人名索引があるが,訳本では人名索引のみ.また文献リストの雑誌文献については「著者・年・タイトル・巻・号」のみで「ページなし」という尋常ではないフォーマットでリスト化されている.これは原著がそうなっているので,あえて言ってしまえばクォメンの “手抜き” かな.文献リストを載せないというのなら別の “怒りよう” があるが,ページ番号だけ伏せるというのは他の本では見たことがないスタイルだ.