『アトランティス=ムーの系譜学:〈失われた大陸〉が映す近代日本』週刊文春書評掲載

庄子大亮
(2022年9月8日刊行,講談社講談社選書メチエ・770],東京, 366 pp., 本体価格2,150円, ISBN:978-4-06-529380-5目次版元ページ

ワタクシの書評は,2022年10月27日発売の『週刊文春2022年11月3日号』に掲載された:【今週の必読】三中信宏「なぜ『失われた大陸』伝説に魅入られるのか」(p. 113).

失われた不可視の “何もの” かが現実に対して本質的な作用を及ぼすとみなす性向は,アトランティス=ムー=レムリア伝説だけにかぎらない普遍性をもっている.本書はその意味でワタクシには興味深い本だった.

生物地理学の観点から言えば,インド洋に沈んだとされる “レムリア大陸” はとりわけ関心を惹く.プレートテクトニクス理論が登場する前の時代は,なぜ遠隔地に近縁生物が分布するのかを説明するには “移動分散経路” を想定するしかなかったからだ.大洋をはさむ遠距離分断分布の説明仮説として浮上してきたのが「陸橋(land bridge)」説だった.本書では,このレムリアについてもくわしく考察されている(pp. 82-92).もともと “レムリア” を陸橋として最初に命名したのは,イギリスの当時著名な鳥類学者フィリップ・L・スクレーターだった.

そのスクレーターよりも前にインド洋には陸上動物の移動経路があったはずだと夢想したのはかのエルンスト・ヘッケルだった.David Bressan 2013. A Geologist s Dream: The Lost Continent of Lemuria. Scientific American, 10 May 2013 ※この論考によると,エルンスト・ヘッケル『自然創造史』のドイツ語版(1868)には “レムリア大陸” はないが,英訳版(1876)には人類全体のルーツとして “レムリア大陸” が位置づけられている.