「監訳者はつらいよ」

ペンと非暴力「『アニマル・スタディーズ 29の基本概念』の翻訳問題」(2023年5月5日)の著者は言う:

  • 「全体的に、本書の訳者らはこれまでに動物倫理や動物擁護の議論で蓄積されてきた基本的な知識を持ち合わせていないとの印象を受けた」
  • 「権威ある監訳者の依頼によって駆り集められた翻訳協力者の学生や若手研究者たちは、必ずしも動物研究に強い興味があるわけではないであろうし、語学力や専門知のレベルもまちまちのはずだからである」
  • 「問題は、その人々から寄せられた翻訳を取りまとめ、しかるべき訂正を加える役目を監訳者が放棄したことにある」
  • 「監訳や監修を担う学者は得てして自分の仕事が「直接翻訳をするよりも大変」だなどとうそぶくが、実際のところ監訳者や監修者が責務を全うしている書籍には出会ったことがない」

学生たちにいったん “下訳” させたら,監訳者はそれを一から訳し直すのが本務だろう.ワタクシがかつて手掛けた翻訳では,大学院生たちの “下訳” とそれに基づく初校ゲラを手渡されたのだが,翻訳の質としてぜんぜん話にならなかった.翻訳中だった当時のメモ1メモ2でワタクシはこう記している:

「ゲラのすべてのページが隙き間なく「朱」の呪文で埋めつくされ,さながら“耳なし芳一”のようになった.もちろん“耳”も怠りなくチェックしたので,遺漏はないはず.下訳の文章の生存率はかぎりなくゼロに近い.結果的に,地べたからの訳し直しをしたことになる」(2007年4月29日)

「全部で500ページあまりのゲラを二日間でイッキに読んだ.さすがに「三校」ともなれば,ガレキに埋まった山道を登攀する苦行ではもはやなく,ところどころ小石がちらばる野道を進むくらいのラクさはある.しかし,ホトケ心が残っていた最初の数章では,この期に及んでまだ片づけきれない前世の落石が転がっているので,そのつどぱたぱたと清掃処理する.一方,大魔神に変身した後半章は,いったん“裸地”として整地したので,問題がある翻訳箇所はすべて自分の責任ということだ」(2009年1月31日)

——名目上は「共訳者」ではあったが,実際のワタクシの仕事は「監訳者」のそれだった.監訳者は,もしちゃんと仕事をするなら,けっしてラクな稼業ではない.