梅谷献二
(2004年9月22日刊行,創森社,ISBN:4883401820)
【書評】
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読書慾(not食慾)を煽る昆虫エッセイ集
「昆虫食」の本は最近ときどき目にする.“ゲテモノ食”の本ではないかと言われても,それを否定するには勇気がいる.イナゴや蜂の子ならば,ある世代以上の日本人にはよく知られた食文化だから,違和感(忌避感)は最低限ですむ.しかし,本書の口絵に載っている「オオツチグモを食べるカンボジアの少女」のカラー写真には,触感とか味わい以前のレベルで背中がぞわぞわする.食文化的衝撃である.“食いもん”はそれだけ地べたに近い感覚を掻き立てるものがあるのだろう.
本書は大きく3つの章に分けられる.冒頭の第1章「一寸の虫にも五分の魂」は民俗昆虫学の話.広く昆虫をめぐる文化誌を取り上げていて,鳴く虫や光る虫を愛でる日本文化,闘蟋にのめり込んだ中国文化,著者自身が旅した先での昆虫体験などがゆったりと語られている.Pp.191-194 の「ハンミョウ」の話.『本草綱目』にいう〈斑猫〉は「はんみょう」ではなく(小野蘭山の『本草綱目啓蒙3』にはそう書いてあるが),ゲンセイのことだそうだ.ゲンセイやツチハンミョウはカンタリジンという毒を分泌する.なお,『本草綱目啓蒙3』の〈斑猫〉の次にある〈莞菁〉には「あおはんみょう」という言葉があてられている.できれば参考文献をもっと挙げてほしかった気はする.たとえば,瀬川千秋『闘蟋:中国のコオロギ文化』など関係する出典がたくさんあったはずだ.
本書の中心は第2章だ.昆虫食の文化誌が共通テーマなのだが,挙げられている事例(日本,中国はもとより,東南アジア,アフリカ,アメリカにまで及ぶ)は,著者自身が実際に経験した(口にした)ものがほとんどである.それだけに単に伝聞としてではない“食感覚”が伝わってくる気がする.それにしても,世界を見渡すと実にいろんな虫が日常的に食べられていることを教えられる.タガメやクモ,オサムシやゾウムシまで食されているとは驚きだ.著者によれば,本書はゲテモノ喰い本ではなく,人間の食糧資源としての昆虫について書いたまじめな本とのことだ.しかし,そのわりには著者の興味のおもむくまま“漫遊食記”っぽいところがいい味を出しているように思う.明らかに「どうかと思われる昆虫食」(p.164)まで書いているところなど,実は確信犯じゃないのかな.
最後の第3章「釣り餌の商虫たち」は,釣り文化と昆虫学との接点について論じたユニークな本.釣り業界での folk taxonomy と昆虫分類学とのズレなど,興味深い話題がいろいろ浮上してくる.釣り師の昆虫分類体系はどのような基準でつくられたのだろうか.この点,釣り師と彼らの世界(業界)にもっと突っ込んでもらいたかった.
多くの写真を通して百聞は一見にしかずを実感できる.欲を言えば,著者にはもっともっと〈小泉武夫〉化してもらって,ツチグモでもウジムシでもカメムシでもゴキブリでも貪欲に挑戦する「突撃食体験」を綴ってもらえれば,読者へのアピール度が飛躍的に高まったのではないか.もちろん,生理的に「引いてしまう」読者率はきっと上がってしまうだろうけど.
「食欲の秋」には実にふさわしい本だ.(笑)
三中信宏(21/October/2004)
【目次】
はじめに 3WORM GRAFFITI(口絵) 17
第1章 一寸の虫にも五分の魂〜生き抜くための競演〜 21
虫たちの地球 22
虫を愛する日本文化 36
トンボの結婚 54
春の女神の貞操帯 65
カマキリの毒婦伝説 72
辺境の昆虫少女 80
異郷のキリギリス 85第2章 虫食う人も好きずき〜この大いなる食糧資源〜 95
このおぞましきもの 96
昆虫食が脳の発達をもたらした 99
多彩だった日本の昆虫食 101
愛されたふるさとの味「蜂の子」 104
食虫のメジャー「イナゴ」の佃煮 108
食は広州から:広東料理の虫たち 112
インドシナ内陸の「食虫トライアングル」 121
タイの“全国区”タガメとバッタ 131
香菜コエンドロの話 137
雲南省の少数民族は虫が大好き 141
アメリカの食虫事情 152
アメリカの虫入りキャンデー 155
ザンビアのイモムシ食:昆虫食のお国柄 159
四川省の“遊んで食べる”ゾウムシ 165
薬用昆虫その1:皇帝の秘薬「冬虫夏草」 168
薬用昆虫その2:雲南省での見聞記 172
薬用昆虫その3:国産の漢方薬 182
ハチからの贈り物 194
アリ食いろいろ 206
アフリカのシロアリ猟 213
ゴキブリを食べる習俗 218
クモを食べる習俗 223
知らずに食べている食品混入昆虫 229
虫が食卓に上る日のために 236
追記 246第3章 釣り餌の商虫たち〜多彩なメニューの正体〜 255
釣り餌の“商虫”考 256
商虫列伝(1):国産の天然もの 263
商虫列伝(2):輸入もの 283
商虫列伝(3):養殖もの 293
商虫たちの展望 307初出一覧 312
虫名(付・学名)索引 319