ダニエル・T・マックス著[柴田裕之訳]
(2007年12月22日刊行,紀伊國屋書店,ISBN:9784314010344 → 版元ページ|目次)
【書評】イタリアはヴェネチアの「眠れない一族」の話から本書の幕は開く.致死性家族性不眠症(FFI)という遺伝病に罹ったこの家系は,18世紀以降,代々「眠れないまま死を迎える患者」を出してきた.このヒト遺伝病であるFFIと,イギリスのヒツジに蔓延した家畜病スクレイピー,そしてニューギニア先住民の風土病クールー,さらには世界的な社会問題にもなったBSE(狂牛病)まで.地理的にも遠く隔たった病気を結びつける“プリオン病”という共通項の発見までの経緯を本書は描き出している.
一方には,イタリアに家系的遺伝病に苦しむ一族がいて,他方には,性格的にも素行的にもやや難のありそうな有力研究者ふたりがいる.このプリオン病は,出現頻度は低く,発病までに時間がかかり,しかし,いったん流行すればBSE問題のようにとたんに社会問題と化す,しかもDNAを介した通常の遺伝病とはちがって蛋白質の異常な“折り畳み”がダイレクトに伝染するという,特異な性質と病態をもつ.プリオン病の解明がノーベル賞の栄誉をもたらした傍らで,イタリアの「眠れない一族」の眠れぬ夜は今なお続いているという.
イタリア,イギリス,アメリカと国境をまたぐストーリー展開は,スリリングであり,科学をとりまく国ごとの事情や研究者コミュニティの中での動向まで見ることができる.