George L. Legendre
(2011年刊行,Thames & Hudson, London, ISBN:9780500515808 → 版元ページ|コンパニオンサイト)
うわぁ,一発ノックアウトですぅ〜.イタリアのパスタは数百種類に系統分化しているという.本書は代表的なパスタの形状を形態測定学に基づく数理モデルを用いて解析し,パスタの「理論形態学」を目指しているという.本書で用いられているパスタの「形態解析」の数理モデルは,貝殻の形態記述モデルに用いられている方程式系だと推測する.マジですか,マジでここまでやるんですか.どう見ても,「異常巻きアンモナイトの数理形態学」の研究にしか見えないぞ.関連記事を拾い集めてみた:
- Future Description 何かからはみ出した、もうひとつの風景「パスタ形態解析」(2012年3月21日)
- The Atlantic | Pasta by Design: Exploring the Geometric Shapes of Noodles | 6 February 2012.
- The Wall Street Journal | The Mathematics of Macaroni.
- The New York Times | Pasta Graduates From Alphabet Soup to Advanced Geometry | 10 January 2012.
- Cooking by the Book | Pasta by Design | 5 December 2011.
- Dissapore | Pasta by design: quanto più una persona presenta i sintomi del genio, tanto più sarà fan della pasta | 12 gennaio 2012. ※コメントの多さが尋常ではない.さすが本場イタリア!
- Vera scienza | La geometria della pasta, quanta matematica si nasconde dietro il nostro alimento quotidiano preferito | 23 January 2012. ※そうか,Mathematica でプログラミングをしているのか.
本書は出版当時,とても評判になったようで,本国イタリアでも話題になったし,食品科学の国際誌にも書評が載ったらしい. 世の中にはおもしろい研究テーマがありすぎる.
その後,本の現物が届いたので,隙間時間にめくり始めている.約200枚の図版があり,うち半分はパスタの実物カラー写真,残りは数式モデルでシミュレートされたパスタ形状の三次元グラフとその二次元断面図だ.もちろん,パスタは食材なので茹で時間や,代表的レシピが簡単に記されている.
序文「パスタの本質をとらえる」で,著者は本書の目指すところを次のように述べている(pp. 008-009):
This book takes on the challenge of classifying these pasta types in its own unique way. Freely inspired by the science of phylogeny (the study of relatedness among groups of natural forms). Pasta by Design pares down the startling variety of pasta to ninety-two types, divided according to their morphological features, and chart them in the Family Tree (pages 010-011). Each member of the family is then illustrated by its parametric equations, a 3D diagram and a specially commissioned photograph by Stefano Graziani.
巻頭にはパスタの系統樹(見開き2ページ)および巻末には詳細系統樹(表裏計8ページ)が折り込まれている.パスタの系統樹はヴィジュアル的にとても魅力的だ.しかし,このパスタの系統樹そのものはリアルな意味での“系統発生”というよりは,類似形質を階層的に配置した樹形図の色合いが濃いようだ.巻頭の全体図の構築に用いられているパスタの“形態的形質”(縁・表面・断面・全体形状)に沿って二次元マップ化した樹形図が巻末の巨大な折込図版である.
要するに,本書は,パスタの形状を数理モデルを用いて記述することにより,かたちの「本質」を抽出しようという試みである.パスタの種類によっては,リングイネやクアドレッティのように単純な数式モデルですむものもあれば,表紙を飾るファルファローニやコロネ・ポンペイのように複雑極まりない数式を要求する形状もある.単なる記述モデルとして眺めても,ここまでこだわるかとあきれるほどパスタごとに精緻なモデルが記されている.その熱意はただものではない.それ以上に,いまだ食べた経験がないパスタも多々ある.パスタの“種分化”は侮るべからず.
それぞれの数理モデル(変数範囲まで含めて)は詳細に記されているので,Mathematica や R が使える環境にある読者ならば,自分で試してみることもきっと可能だろう.
ただし,本書の形態数理モデルはいかに現実のパスタの“かたち”をリアルに再現できるかに主眼が置かれているようだ.その意味では「記述的」な数理モデルの使い方かもしれない.古生物学で実践されてきた理論形態学(theoretical morphology)のように,モデルのパラメーターを変えて生じる仮想パスタの“かたち”を見てみたい気になる.系統樹上で同じ“単系統群”に属するパスタであっても,数理モデルの基本構造は必ずしも共通してはいないようだ.貝殻の形態記述数理モデルの「系統推定」の例がすでに発表されている.パスタの数理モデルの多様性をその embranchements ごとにでも(全体はムリっぽいから)系統推定できればさらにおもしろいかもしれない.
ひとつ気になるのは,パスタマシンとの関係.それぞれのパスタは機械的に製造されているものと思うが,それぞれのパスタマシンはパスタごとに“特殊化”しているのだろうか.パスタマシンの系統発生にも関心が向いてくる.実際には,イタリアの地でパスタはリアルな“系統分岐”を経験したにちがいない.その時空的な歴史を推定することもきっと可能だろう.