『都市化とダニ:コンクリート建造物のコケに生息するササラダニ類』

青木淳

(2000年2月刊行,東海大学出版会,秦野,ISBN:9784486015031版元ページ

【書評】※Copyright 2000, 2014 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved



こんなところに、どうして生きているのか?!



きわめて専門的な「都市建造物の生えるコケに生息するササラダニの本」(しかも高い!)が、この厳しい出版情勢の中で、世に出るとはほとんど想像できなかった。本書で何よりも注目されるのは、カラー図版によるダニ採取場所128地点の「証拠写真」の数々である(pp.103-134)。北は釧路市から南は那覇市まで日本全国にわたって、コケを採集した都市建造物の箇所の写真・コケの写真・そこにいたダニの写真が1セットになって記録されている。あるときはデパートの屋上の片隅に目を凝らし、あるときは歩道橋の階段の脇に身をかがめて、またあるときは道路の舗装タイルの溝をこそげ、さらには駅のプラットホームの縁に身を乗り出してコケを採取したようすがうかがえる。



あまたの【物件】のカラー写真が延々と羅列してあるところに、私は感動すら覚えた。こんな本、見たことないよぉ! 本書を手にとって、最初に連想したのは「これはまさしく路上観察学でいう『壺庭トマソン』ではないか」ということだった。赤瀬川原平の『超芸術トマソン』には「空中壷庭」という【物件】が出てきます。廃橋の橋げたのてっぺんの狭い空間にいろいろな草が生えているというのが「空中壷庭」です。その後、建築探偵・藤森照信が同種の「壷庭」をたくさん収集しました。路上観察学では「壷庭」は定番の【物件】とみなされています。『都市化とダニ』に登場するダニたちは、いわば「壺庭」の住民なのである。



本書のおびただしい数の写真群から私が判断するかぎり、正統的な【壺庭トマソン】と認知されたのは、「図4-78:大阪市71(淀川区西中島5丁目)」のケースだけであった。それは、道路標識のポール跡?に生えたコケを示している。この事例は、藤森照信がもともと【新種トマソン】として報告し記載した「壺庭」タイプのトマソンの中には、本書の調査対象となり得る地点が含まれていることを示唆している。



ちっぽけな水たまりに生息する生物たちを生き生きと描いた:茂木幹義『ファイトテルマータ : 生物多様性を支える小さなすみ場所』(1999年12月刊行,海遊舎,東京,ISBN:4905930324書評・目次)も感激ものだったけれど、本書『都市化とダニ』もそれに負けないくらいワクワクする読み物であると私は感じた。専門書だってこれほどおもしろい物語が書けるのだ。長年にわたり研究を続けてきた著者の力量を感じた。


【目次】
まえがき


第1章:ササラダニ類の概説

 1.ダニ類の特徴
 2.研究が遅れたササラダニ類
 3.環境の指標生物としてのササラダニ類
 4.都市域のササラダニ類の研究状況

第2章:調査地と調査方法

 1.調査地と都市建造物の選定
 2.試料採取とダニの分離抽出法
 3.試料採取データ一覧

第3章:出現したササラダニ類の分類学的研究

 1.ササラダニ類のリスト
 2.形態用語の図解
 3.既知種の記載
 4.日本未記録の種
 5.新種の記載
 6.都市建造物のササラダニ類の検索

第4章:日本の24都市における生息状況

 1.生息環境とササラダニ類
 2.ササラダニとコケの地理的分布
 3.都市化によるササラダニ相の変化
 4.その他の動物の生息状況

第5章:都市生物としての特性

 1.都市動物の特色と類型
 2.都市のササラダニ類の類型化


まとめ
英文摘要(Summary)
引用文献
索引



三中信宏(2000年11月30日記/2014年6月7日加筆)