『歴史から理論を創造する方法:社会科学と歴史学を統合する』

保城広至

(2015年3月20日刊行,勁草書房, 東京, viii+184 pp., 本体価格2,000円, ISBN:9784326302406目次版元ページ

全体として良書.進化学や系統学に関心がある読者なら,本書に述べられている主張がそれぞれのホームグラウンドで長らく論じられてきた論議内容とシンクロして響き合うことをすぐ理解するだろう.たとえば,過去半世紀の進化生物学はまさに個性記述的(idiographisch)な「系統発生パターン」の経験的探究と法則定立的(nomothetisch)な「進化プロセス」の理論的構築とのせめぎあいとともに進んできた.

推論様式としての「アブダクション」を擁護する著者のスタンスには共感するのだが,比較的トラッドな文脈(C. S. Peirce とか K. R. Popper とか)に足場を置いた議論が続く.証拠が仮説に対してもつ意味はかつての確証主義/反証主義の文脈ともっと新しい1990年代以降のアブダクションの文脈では異なっているだろう.ベイジアン確証理論についても論じるべき点があったはずだ.その意味では,よりアップデートされた土俵での方法論論議が可能だったのではないだろうか.

また,ところどころに配置されている「ショート解説」では,統計学の概念や手法についての説明がなされている.テクニカルな話題をこういう形式で読者にわかりやすく解説するというやり方はとてもよいのだが,本文の流れにとって必ずしも必須とはいえない話題も含まれているようだ.たとえば,pp. 14-15にある「ショート解説0-3 中心極限定理」は確かにパラメトリック統計理論では重要な定理だが,歴史研究の多様性を論じる本文内容にはいささかふさわしくないだろう.とくに,「統計法則(中心極限定理)に従えば,研究蓄積が多くなればなるほど,正規分布に近づくと想定してもよいだろう」(p. 13)という一文はまちがい.母集団からの無作為標本の「平均値」が標本サイズの増大とともに正規分布に近づくというのが中心極限定理であり,母集団そのものが正規分布に近づくわけではない.