『南方熊楠のロンドン:国際学術雑誌と近代科学の進歩』読売新聞書評

志村真幸
(2020年2月20日刊行,慶應義塾大学出版会,東京, viii+280+6 pp., 本体価格4,000円, ISBN:978-4-7664-2650-2目次版元ページ

読売新聞小評が公開されました:三中信宏南方熊楠のロンドン 志村真幸著」(2020年5月10日掲載|2020年5月18日公開)



 現代の科学者にとってネイチャー誌に論文が掲載されることは栄光の証である。だから、南方熊楠がロンドンに遊学していた19世紀末から帰国後の20世紀初頭にかけて、そのネイチャー誌に単著で実に50編もの民俗学の論考を掲載し、現在に至るまでその最多掲載記録は破られていないと聞けば、誰しも彼をつい“神格化”してしまうのも無理はないだろう。しかし、当時のネイチャー誌は、現在とはまったく異なる総合誌だった。

 本書は滞英中の熊楠が主たる投稿先としたネイチャー誌ならびにノーツ・アンド・クエリーズ誌の創刊以来の変遷を綿密にたどる。職業科学者のための議論と一般読者向けの啓蒙のはざまで、ジャーナルというメディアに期待される役割は大きく揺れ動いた。ネイチャー誌が一般啓蒙誌から専門学術誌へと抗いがたい変身を遂げるにつれて熊楠が活躍できる場はしだいになくなり、それに代わるノーツ・アンド・クエリーズ誌上に彼は300編あまりのやりとりを投稿した。著者は熊楠を「SNSに親和性の高い人間」と推察する。評者もそう感じた。(慶応義塾大学出版会、4000円)

三中信宏[進化生物学者]読売新聞書評(2020年5月10日掲載|2020年5月18日公開)



本書はイギリスの雑誌文化から南方熊楠の活動を眺めるという視点がとても斬新だ. “熊楠” をヘンに崇めたりやたら貶めたりしない中立性がいい.とりわけ,終章「国際的知的空間における熊楠の役割と価値」は本書全体を締めくくるにふさわしい内容となっている.熊楠はなぜあれほど執拗に読み書きしたのかという謎に迫っている.

南方熊楠は今風に言えば社会的・人格的にかなり難のあるSNS大好きな「変人」あるいは “ツイ廃” だった.熊楠がNature誌に50報あまりの投稿をしたという「世界記録」は事実だけど,19世紀末のNature誌は単なる一商業誌としての科学誌だったことをよくよく勘案しないと,ヘンな方向への “熊楠神格化” をもたらす.

そもそもNature誌が投稿に対するレフリー査読制度を設けたのは1960年代以降のことで,それ以前の同誌は「投稿すれば何でも載る」系のメディアだったことはもっと強調されてもいいだろう.M. Baldwin 2015. Making “Nature” : The History of a Scientific Journal. U Chicago Pr., pp. 167-168.

第 I 部「『ネイチャー』――近代科学を支えた雑誌という装置」では,Nature 誌の黎明期を描く.Baldwon によれば,1869年の Nature 誌創刊時点ですでに一般向け科学雑誌から専門科学誌への移行が始まっていたという(半世紀に及ぶ編集長ノーマン・ロッキャーの意向に反して).19世紀のイギリスでは「men of science」がもつべき資質について論争が絶えなかった.Nature 誌上でも科学者と一般読者とのせめぎあいが19世紀末まで続いた.

第 II 部「『ノーツ・アンド・クエリーズ』――ローカルな知とグローバルな知の接合・衝突する場」に入っている.この雑誌の性格もまたおもしろい.「『N&Q』[=『ノーツ・アンド・クエリーズ』]は,読者同士の質疑応答や情報交換を目的とした雑誌で,誰かが「×××について知らないか」と情報を求める質問(クエリー)を出すと,読者から「それは○○○で『□□□』という本に出ている」と応答(リプライ)が寄せられ」(p. 122)— これ既視感がありまくり.

熊楠がのめり込んだこの『N&Q』誌というメディアは,今風に言えば,インターネットのヤフー知恵袋みたいな「Q&Aサイト」に相当するのかな.熊楠は『N&Q』に計324篇もの記事を投稿したそうだから,要するにどうしようもない “投稿ジャンキー” だったと考えればとても納得がいく.

『N&Q』誌の性格についてこう書かれている:「現在のインターネット上の掲示板のようなものを想像してもらえると,『N&Q』のイメージがつかみやすいだろう.ひとつの物事や人物について大勢が情報を出しあうという点では,ウィキペディアに近いかもしれない」(pp. 135-7)—やっぱりそうなんだあ.

熊楠とほぼ同時期に,大量の『椋鳥通信』を延々と書き続けた森鷗外は,これまた現代でいえば “ツイッター廃人” に相当する.熊楠や鷗外がネット社会に生まれなかったのは(自他ともに)運が良かったというしかない.