『オリーヴ讃歌』書評

モート・ローゼンブラム[市川恵理訳]
(2001年12月31日刊行,河出書房新社,東京, 460 pp., 本体価格2,800円, ISBN:4-309-26515-4

20年も前の書評だが,たまたま出土したので公開することにした:

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読み進むうち,だんだん「オリーヴ色」に染まってくる...

表紙からオビ,見返しページからタイトル活字までオリーヴ一色に染まっている.自らプロヴァンスにオリーヴ園をもつ著者が,世界中を歩いてオリーヴをめぐるさまざまな人間模様を摘み取って絞ったのが本書である.オリーヴ・オイルの大生産国であるイタリアやスペインはもちろん,ギリシャチュニジア,そして戦火のクロアチアにいたるまで,著者はオリーヴへの深い愛情と旺盛な関心のおもむくまま,インタビューと綿密な調査を重ねていく.

 

本書は「オリーヴ料理」の本? 外れてはいない.各章の間にはオリーヴ・オイルを用いた各国料理のレシピが載っている.もちろん,本文中にも世界行脚とともに,各地の食欲をそそるオリーヴ料理がいくつも登場する.料理心のある読者はきっと満喫するだろう.

 

しかし,本書は何よりもオリーブという商業農作物をめぐる農業・産業・政治に関する新鮮なレポートである.人間が手をかけないと,たちまちひこばえに覆われて樹勢が衰えてしまうという「高貴なる果樹」オリーヴは,それに関わる人間の生活そのものを大きく変えてきた.本書に登場するオリーヴ農家は,その国籍を問わず,一様にオリーヴに精一杯の愛情を注いでいる.天候不順によるオリーブ不作の年のエピソードはくり返し登場する.オリーヴをめぐる国どうしの政治的かけひき,あるいは大企業やマフィアの暗躍などすべての人間模様は,この手のかかるいささか気まぐれな「高貴なる果樹」の掌の上の寸劇にすぎない.

 

それにしても,私はオリーヴについてこれまでいかに何も知らなかったかを本書を読んで痛感した.たとえば,オリーヴ・オイルの風味を描写したこの一文:「むしろ味蕾を一気に呼び覚ます,ぴりっとしたすばらしい味だった.それが完熟オリーヴそのもののさわやかな風味に変わり,ほのかなナッツの風味も感じられる.濃厚だが脂っこくはなく,力強く快い芳香をそなえ,フィニッシュはなめらかだった」(p.337).まるで,スコットランドシングル・モルト・ウィスキーを評したコメントのようではないか.と思ったら,著者はすかさず「ワイン通気取りは今やすっかりおなじみとなった.オイル通気取りがいても不思議はない」(p.438)と言う.なるほど,そういうことか.奥は深いのだ.

 

不飽和脂肪酸を含む健康食品として今もてはやされているオリーヴ・オイル.本書はオリーヴ・オイルの豊かな世界の「明」と「暗」の現在を伝えている.とりわけ,各地のオリーヴ農家の誇りとその技の数々は印象的である.本書を読み終えた読者は,その場にじっとしてはいられないだろう.すぐにエキストラ・ヴァージン・オイルを買いに行かないと!

 

三中信宏(2001年12月24日|2023年1月28日公開)