〈翻訳通信・ネット版〉

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先年亡くなった翻訳家・山岡洋一さんが発行していた『翻訳通信』のウェブ版.職業翻訳の立場からみた「翻訳」についてのエッセイが満載.つい読み込んでしまう.〈翻訳とは何か〉というコーナーの「新世代の翻訳家に期待」を読むと,出版翻訳の主体が従来の「学者・専門家」から「職業翻訳者」に急速に移行した背景が述べられている.

要するに,「学者に翻訳を依頼すると、時間がかかりすぎるし、徹底して直さなければならなくなるので、手がかかりすぎる、だから学者にはもう翻訳は頼みたくない」という認識が版元側に広まったかららしい.「翻訳のスピード」と「翻訳の質」への不満が理由.「翻訳の質」はともかくとして,「翻訳のスピード」が要求されるようになると,いまの大学教員や研究者はとても応えられる状況にはないだろう.朝から晩までずっと翻訳に専念できる時間がありますかというシンプルな問題だ.「翻訳の質」はさらに問題.地べたからちゃんと翻訳してくれればまだしも,「じつは学生か院生の下手な下訳をそのままだしているだけ」の場合は目も当てられない(ワタクシもそういう苦労をした経験がある).質とスピードの点で大学教員や専門研究者は脱落したと著者は言う.

昨年のちょうど今頃,ワタクシは翻訳の苦行からやっと解放されて「『自然を名づける』の翻訳を終えて」(2013年7月17日)という記事を書いた.その記事にも書いたが,プロの翻訳家との “共訳” で仕事をしてみると,とてもとてもわれわれ翻訳の素人にはかなわないところが多々あることが実感できた.大学のセンセイやふつうの研究員には荷が重すぎる.もし研究者が「翻訳」という仕事にたずさわる機会があるなら,できればプロの翻訳者との共同作業をするのが,出版社・翻訳者・読者の三方が丸くおさまるシアワセへの近道だと強く思う.

ついでに:翻訳書が原書に比べてかなり「割高」になるのはしかたがないかなあ.印刷部数によって単価は増減するし,印税やら翻訳権料やらお金の問題もあるし.ということは,それだけの “超過料金” に見合う(付加)価値のある翻訳をしなければならないわけでして.『自然を名づける』に関して言えば,hbk よりちょい高,pbkの二倍高,Kindleの三倍高という価格設定.それでも,3刷まで増刷できて計4000部近く出たことになる.原著者の Carol Kaesuk Yoon さんに日本だとこんなに売れてるよと伝えたら,「the sales in Japan are wonderful」とのこと.原書の版元 W. W. Norton がどれくらい売ったのかとても気になる.

—— 原書よりも高いけどできれば売れてほしい翻訳書.おあとがよろしいようで.