常盤新平
(2016年6月17日刊行,幻戯書房,東京, 318 pp., 本体価格3,400円, ISBN:9784864880985 → 目次)
1977年から1979年にかけて『出版ニュース』で連載された記事の単行本化.当時の早川書房に編集者として勤務していた著者による当時の翻訳出版界の回顧録.話は1960年代後半から始まり,推理小説の翻訳を中心にして,著者と読者の間に介在する出版社やエイジェントをめぐるさまざまな駆け引きと人間関係が綴られている.当時は,新刊情報誌『パブリッシャーズ・ウィークリー』や『ニューヨーク・タイムズ・ブック・レヴュー』をアメリカから取り寄せては,翻訳できそうな新刊・近刊を探しては,国内外のエイジェントと交渉していたとのこと.翻訳権を取る際のアドヴァンス(前払金)額が大きく高騰していった経緯もつぶさに記されている.初期のアドヴァンスの相場が「125ドル」とか「150ドル」だったというのは,たとえ為替レート1ドル=360円の時代とはいえ,想像もできない(その後は数万ドルにまで跳ね上がる時代がやってくる).
ワタクシは推理小説にはまったく関心がないので,本書に登場する多くの著者や著書はぜんぜんピンとこないが,推理ファンならばとても楽しめるのではないかと思う.目に止まった箇所をいくつかピックアップする:
- 「誤訳を目を皿のようにして探しまわる同業者もいる.しかし,そのむかし,雑誌のコラムで誤訳を指摘していた人がいたけれども,その人の翻訳は読むに耐えないものだった」(p. 133)※誰のことかすぐわかる(笑).
- 「アルフレッド・クノッフ社の正しい呼び方についても,彼女から教えられた.クノッフ社ははじめクノップ社と呼ばれていた.(中略)あるとき,栗田さんが,それは正しくはクノッフ社だと言われたのである」(p. 220)※マジかー(がっぱし).
- 「翻訳も虚業であると思わないわけにはいかない.しかも,どんなに頑張っても,翻訳が原作をこえることはないはずである.翻訳はそのように空しい仕事であるとも思う」(pp. 261-262)
なお,巻末の解説「「後記」の後記」(pp. 311-317)を書いているのは日本ユニ・エージェンシーの宮田昇.常盤新平を古くから知る彼が書いた『小尾俊人の戦後:みすず書房出発の頃』(2016年4月25日刊行,みすず書房,東京, 8 plates+vi+402+xxii pp., 本体価格3,600円, ISBN:9784622079453 → 書評|目次|版元ページ)はみすず書房創業者の足跡を綿密にたどったとても充実した伝記だった.