『「おふくろの味」幻想:誰が郷愁の味をつくったのか』感想

湯澤規子
(2023年1月30日刊行,光文社[光文社新書・1240], 東京, 277 pp., 本体価格940円, ISBN:978-4-334-04647-7目次版元ページ

「おふくろの味」の寿命は驚くほど短かった.この言葉の生誕は1957年で,21世紀初頭には死語も同然になったとか.著者の言うように確かに “幻想” だったのかも.本論自体はとても納得できる内容だ.「おふくろの味」というなつかしさを漂わせる “物語” が実は “幻想” にすぎないという著者の主張(pp. 183-5)は説得力がある.しっかり読めば得るものが多い新書だ.

本書には〈クックパッド〉や〈楽天レシピ〉についての言及はまったくなかったが,「おふくろの味」が滅びた後の時代のことだからか.ワタクシ自身の個人的体験でいえば,確かに亡母はいつも実家の厨房に立っていたが,そのレシピを教えてくれることは一度もなかった.ワタクシがいま〈みなか食堂〉の厨房でしていることは,失われたレシピをひとつひとつ復元していることになるのかもしれない.ただし,ワタクシの場合,一般名詞としての “おふくろ” ではなく,あくまでも固有名詞「三中和子」の名をもつひとりの “おふくろ” を指している.幻想ではない日々のリアルな厨房作業は記録することによって初めて伝承される.かつて口にした味は繰り返し復活する.

本書のグラフはすべてカラー刷りで,新書ではめずらしいのではないか.ただし,一つ難を言えば, “可読性” という点で言えばあまり褒められたものではないとワタクシは感じた.たとえば,pp.162-3 の男女別生活時間グラフはワタクシには色彩的にやや読み取りづらかった.色覚が多様な読者はどう感じるだろうか.