『小檜山賢二写真集 TOBIKERA』

小檜山賢二
(2019年7月19日刊行,クレヴィス,東京, 127 pp., 本体価格4,500円, ISBN:9784909532299版元ページ

大手町の定例読書委員会の新刊展示テーブルに,真っ黒な巨大写真集が鎮座していた.シンプルすぎる『TOBIKERA』と銘打たれたこの本は潜在読者を捕まえようと手ぐすねを引く.はい,ワタクシ即座に捕まってしまいましたがな.そして,水生昆虫学者でもないくせに,続く “せり” ではトビケラの巣の魅力と深度合成カラー写真のすばらしさについて熱弁を振るってしまった.いや,これはスゴイ昆虫写真集で,延長された表現型は芸術でもあると証明している.ついつい昔買った『原色川虫図鑑』なんぞを引っ張り出してしまった.

『日本発酵紀行』読売新聞書評と元原稿

小倉ヒラク
(2019年6月10日刊行,D&DEPARTMENT PROJECT, 東京, 217 pp., 本体価格1,800円, ISBN:97849030973目次版元ページ著者サイト

読売新聞ヴィジュアル評の鍵がはずれて公開された:三中信宏小倉ヒラク著「日本発酵紀行」」(2019年8月25日掲載|2019年9月2日公開)



 東西南北に延びる日本列島のさまざまな自然環境が食生活や食文化にも反映される。発酵食品といえば、味噌・醤油・酢、漬物や納豆や魚醤、酒まで含めれば数えきれない。この多様性こそ発酵食品が人間の食生活に広く深く根付いている証左だ。

 本書は「発酵デザイナー」を名乗る著者が、日本全国津々浦々を旅しながら、伝統ある発酵食品とそのつくり手を訪ね歩いた紀行本だ。

 「かんずり」=写真=は塩漬けの真っ赤な唐辛子を雪の上でさらしてから何年も発酵させる。発酵と腐敗は紙一重。ここにいたるまでにどれほどの試行錯誤が繰り返されたのだろうか。

 生き生きとした文体とともに味わいたいのがカラー写真の数々だ。たちのぼる匂いやしあがりの味わいまで読者に伝わってくる。とてもおいしい本である。

三中信宏[進化生物学者]読売新聞書評(2019年8月25日掲載|2019年9月2日公開)



初めてのヴィジュアル評だったので,制限字数を心得ていなくて,元原稿を半分以下に削るハメになった.せっかく書いたものをボツにするのはもったいないので,下記にその元原稿を再録する.

発酵を求めて全国行脚

東西南北に伸びる日本列島は地方ごとに自然環境がちがい,それは食生活や食文化にも反映されている.発酵食品といえば,厨房で欠かすことができない味噌・醤油・酢などの調味料類はもちろん,食卓の常連である漬物や納豆,魚を発酵させた押し寿司やなれ寿司や魚醤,そして酒・焼酎・泡盛などアルコール飲料まで含めればとても数えきれない.また,同じ納豆でも,粘った糸を引く納豆と塩辛く乾いた大徳寺納豆では大きなちがいがある.この多様性こそ発酵食品が人間の食生活に広く深く根付いている証左だ.

本書は「発酵デザイナー」を名乗る著者が,日本全国津々浦々を旅しながら,各地でつくられてきた伝統ある発酵食品とそれをつくる人々を訪ね歩いた紀行本だ.どこでも見かける食品もあれば,ごく限られた地域だけでしか生産されていない珍品もある.発酵食の製造元を取り巻く土地柄を身をもって経験し,つくり手の語りにじっと耳を傾けるとき,日本のさまざまな発酵食品がたどってきた長い歴史が垣間見える.

たとえば,妙高高原の「かんずり」(pp. 158-9)は塩漬けの真っ赤な唐辛子を雪の上でさらしてから何年も発酵させるという.いったい誰がこんな手間のかかるレシピをつくりあげたのだろうか.発酵と腐敗は紙一重.ここまで完成された発酵食品ができあがるまでにどれほどの試行錯誤が繰り返されたのだろうか.

生き生きとした文体とともに味わいたいのが挿入されているカラー写真の数々だ.土地ごとに異なる顔をもつ “地霊(ゲニウス・ロキ)” は気候風土をかたちづくる.そして,つくり手の表情や仕込みの写真からは,たちのぼる匂いやしあがりの味わいまで読者に伝わってくる.

いかにも年季の入った醸造用の木桶に染み付いた色合いと風格は “発酵の神々” の御座所にふさわしい.目には見えない微生物たちの降臨のおかげで,日本人の食文化はかくも豊かになってきた.前著『発酵文化人類学』(木楽舎)で発酵と人類学とのつながりを概説した著者は,本書を通じて日本における豊かな発酵文化を読者に伝えている.とてもおいしい本である.

三中信宏[進化生物学者]読売新聞書評原稿(2019年7月24日執筆)

『きのこのなぐさめ』感想・目次

ロン・リット・ウーン[枇谷玲子・中村冬美訳]
(2019年8月19日刊行,みすず書房,東京, 311+vii pp., 本体価格3,400円, ISBN:978-4-622-08809-7版元ページ|「きのこが導く、魂の再生の物語」)

本書はノルウェーにやってきて長年暮らす中華系マレーシア人の著者が,つれあいを亡くした悲嘆の日々からきのこによって救われたというもの.ノルウェー産の野生きのこのカラー写真がふんだんに散りばめられていて,きのこの基本から始まり,きのこ探しの極意,有毒きのこの判別法,きのこの麻薬作用,さらにはきのこを食材とする絶品料理のレシピまで.やっぱり菌類はすごい! それにしても, “きのこ” 本がえてして人生の物語と深く絡めて書かれることが多いのはどうしてだろうか.きのこには人生にとって大事なものを悟らせる何かがあるのかもしれない.あるいはビアトリクス・ポター南方熊楠ジョン・ケージという “きのこクラスター” の有名人たちがあまりにも強烈な印象を残しすぎているからか.


【目次】
序文 7
きのこがひとつ、喜びひとつ。きのこがふたつ、喜びふたつ。 9
二番目によき死 37
秘密の場所 53
特別専門家集団 75
きのこへの疑念 105
フィフティ・シェイズ・オブ・ポイズン 125
ガリアミガサタケ──きのこ王国のダイヤモンド 151
五感への働きかけ 173
アロマ・セミナー 203
名もなき者たち 221
前菜からデザートまで 249
素晴らしきラテン語 275
天からのキス 297

きのこの作法 306

訳者あとがき

参考文献
きのこ名索引

『書店本事:台湾書店主43のストーリー』読了

郭怡青(文)・欣蒂小姐(絵)・侯季然(映像)[小島あつ子・黒木夏兒訳]
(2019年6月27日刊行,サウザンブックス,東京, 432 pp., 本体価格2,600円, ISBN:9784909125125目次版元ページ映像リスト《書店裡的影像詩Ⅰ-日文字幕版》 [YouTube])

リンクされている動画を流しながらどんどん読み進んだ.台湾での独立系書店について:「ここ数年間,台湾には文芸開花の風が吹いているように感じられる.景気が悪いと言われているにもかかわらず,それぞれの理想に満ちた小規模な書店は続々と,台湾のあらゆる街角に芽吹いている」(『書店本事』p. 110)—— うらやましいかぎり. 読了.台湾の独立書店はそれぞれに魅力的.テキストとイラストと動画の連携が心地よい.読売新聞に小評を書くことが決まっている.

『在野研究ビギナーズ:勝手にはじめる研究生活』目次

荒木優太(編著)
(2019年9月1日刊行,明石書店,東京, 286 pp., 本体価格1,800円, ISBN:9784750348858版元ページ

前著:荒木優太『これからのエリック・ホッファーのために:在野研究者の生と心得』(2016年3月1日刊行,東京書籍,東京, 255 pp., 本体価格1,500円, ISBN:9784487809752目次書評エン-ソフ版元ページ)に続く “在野研究者” 本.現在進行形の在野研究の事例集.前著の書評にも書いたが,研究者クラスターは「在野研究者=野生の研究者」/「非在野研究者=アカデミアなかのひと」というきれいな分類ができるわけではない.あるひとりの研究者が分野によっては “アカデミア” に属したり “在野” だったりすることもあるからだ.そんなわけで,『在野研究ビギナーズ:勝手にはじめる研究生活』は自称の「在野/非在野」を問わずすべての研究者にとってまたいで通り過ぎることができないとてもキケンな新刊.


【目次】
序 あさっての方へ 3

第1部 働きながら論文を書く

第1章 職業としない学問 —— 酒井大輔 16
第2章 趣味の研究 —— 工藤郁子 31
第3章 四〇歳から「週末学者」になる —— 伊藤未明 47
◇インタビュー1 図書館の不真面目な使い方 小林昌樹に聞く 61
第4章 エメラルド色のハエを追って —— 熊澤辰徳 76
第5章 点をつなごうとする話 —— 内田明 91

第2部 学問的なものの周辺

第6章 新たな方法序説へ向けて —— 山本貴光吉川浩満 110
第7章 好きなものに取り憑かれて —— 朝里樹 124
第8章 市井の人物の聞き取り調査 —— 内田真木 139
第9章 センセーは、独りでガクモンする —— 星野健一 153
第10章 貧しい出版私史 —— 荒木優太 168
◇インタビュー2 学校化批判の過去と現在 山本哲士に聞く 181

第3部 新しいコミュニティと大学の再利用

第11章 〈思想の管理〉の部分課題としての研究支援 —— 酒井泰斗 202
第12章 彷徨うコレクティヴ —— 逆卷しとね 218
第13章 地域おこしと人文学研究 —— 石井雅巳 232
◇インタビュー3 ゼロから始める翻訳術 大久保ゆうに聞く 247
第14章 アカデミアと地続きにあるビジネス —— 朱喜哲 264

在野のための推薦本 278

『ウシの動物学(第2版)』目次

遠藤秀紀
(2019年8月5日刊行,東京大学出版会[アニマル・サイエンス:2],東京, iv+223 pp., 本体価格3,800円, ISBN:9784130740227版元ページ

第1版が出たのが2001年7月なので,ほぼ20年ぶりの改訂となる.これで〈アニマル・サイエンス〉シリーズ全5巻はすべてアップデートされた.


【目次】
刊行にあたって[林良博・佐藤英明] i
第1章 究極の反芻獣――哺乳類のウシ・家畜のウシ 1
第2章 生きるためのかたち――ウシの解剖学 31
第3章 もう1つの生態系――ウシの胃 73
第4章 家畜としての今昔――ウシの生涯 111
第5章 これからのウシ学――ウシを知りウシを飼う 153
補章 過去と未来への客観性 169

あとがき 189
第2版あとがき 193
引用文献 195
事項索引 219
生物名索引 222

『The Art of Naming』目次

Michael Ohl[Elisabeth Lauffer 訳]
(2018年3月刊行, The MIT Press, Massachusetts, xvi+294 pp., ISBN:9780262037761 [hbk] → 版元ページ

動物分類学における「命名」の歴史について書かれた良書.一年以上も前に英訳版が出ていたことをうっかり見逃していた(最近こーいう見逃しが多いな).ドイツ語原書:Michael Ohl『Die Kunst der Benennung』(2015年刊行, Matthes & Seitz, Berlin, 318 pp., ISBN:9783957570895 [hbk] → 目次版元ページ).独語版原書は第6章までのろのろ読み進んだところで行き倒れてしまった.英語訳が出たからにはふたたび起き上がるしかないな.


【目次】
Prologue: The Beauty of Names vii
Acknowldgments xi
Notes on the Images xv

1. Hitler and the Fledermaus 1
2. How Species Get Their Names 37
3. Words, Proper Names, Individuals 73
4. Types and the Materiality of Names 97
5. The Curio Collection of Animal Names 129
6. “I Shall Name This Beetle After My Beloved Wife ...” 151
7. “A New Species a Day” 183
8. Who Counts the Species, Names the Names? 211
9. Naming Nothing 243
Epilogue: On Labeling 273

Notes 275
References 281
Index of Author Names 293

『系図:語りとオーケストラのための —— 若い人たちのための音楽詩』

武満徹
(2006年2月6日刊行,ショット・ミュージック[SJ 1158],東京, ISBN:9784890664580 | ISMN:M-65001-212-6 → 版元ページ

武満徹の〈系図〉の総譜が日本ショットから10年以上も前に出版されていたことを見逃していた.まったくうっかりしていた.さっそく発注したところ.本日いかにもショットらしい真っ黄色の大判の総譜が届いた.この〈系図〉は,20年前に出版したワタクシにとっての初単著『生物系統学』(1997)の “テーマ・ミュージック” である.当時入手できた唯一のCDは小澤征爾指揮によるサイトウ・キネン・オーケストラ(1995)で,日本語の語りは当時まだ10台なかばの遠野凪子だった.その後も小澤征良(英語版)や吉行和子(日本語版)の〈系図〉を聴いたが,ワタクシ的には遠野凪子を超えるものではなかった.しかし,これまた見落としていたが,一年前の2018年5月にアンドレア・バッティストーニ指揮の東京フィルハーモニー交響楽団がのん[能年玲奈]を語り手として〈系図〉を新録音していたので即座に注文.YouTubeの動画「【BEYOND THE STANDARD vol.2】バッティストーニ&東京フィル/のん(語り)「武満徹:系図」」が公開されている.この語りはとてもいいかもしれない.

『南の島のよくカニ食う旧石器人』目次

藤田祐樹
(2019年8月23日刊行,岩波書店[岩波科学ライブラリー・287],東京, xii+134+2 pp., 本体価格1,300円, ISBN:9784000296878版元ページ


【目次】
はじめに iii
年表 xi
地図 xii

1 むかしばなしの始まり――人類誕生,そしてヒトは沖縄へ 1
2 洞窟を掘る――沖縄に旧石器人を求めて 25
3 カニとウナギと釣り針と――旧石器人が残したもの 55
4 違いのわかる旧石器人――「旬」の食材を召し上がれ 97
5 消えたリュウキュウジカの謎 109
6 むかしばなしはまだ続く 123

写真提供 [2]
参考文献 [1-2]

『鐘の本:ヨーロッパの音と祈りの民俗誌』読売新聞書評と備忘メモ

パウル・ザルトーリ[吉田孝夫訳]
(2019年5月1日刊行,八坂書房,東京, 454+x pp., 本体価格3,200円, ISBN:978-4-89694-261-3目次版元ページ

読売新聞小評が公開された:三中信宏鐘の本 ヨーロッパの音と祈りの民俗誌…パウル・ザルトーリ著」(2019年8月18日掲載|2019年8月26日公開)



 日本では、近在の寺から朝夕に鳴る時の鐘や大晦日の除夜の鐘を耳にする。ドイツの古い街を歩けば、教会の鐘楼から鐘の音が四方に響きわたる。二つの世界大戦にはさまれた不穏な時代のヨーロッパでは、数多くの歴史的な鐘が国策により鋳潰され武器にされる危機に瀕していた。著者は当時のドイツ国内をくまなくめぐり、鐘をめぐる逸話や民話を懸命に蒐集した。

 ドイツの鐘は饒舌だ。冠婚葬祭の祝辞や弔辞はもちろん、うらみつらみやとりとめない言葉遊び、はては厨房での料理の出来具合までしゃべるつぶやく。彼の地の鐘は自分で鳴ったり歩いたり翼を付けて空を飛んだりもするらしい。日本で言えば室町時代につくられたとされる『百鬼夜行絵巻』に登場する「鐘の付喪神」を連想させる。

 本書はドイツに深く根ざした「鐘」の歴史と文化と民俗の基本文献だ。原書は1932年出版。もう90年も前の本だが、今回の翻訳に際して原書にはまったくない鐘の写真や古い絵を数多く追加しただけではなく詳細な巻末解説記事が付されていてとてもありがたい。吉田孝夫訳。

三中信宏[進化生物学者]読売新聞書評(2019年8月18日掲載|2019年8月26日公開)



原書は1932年に出版されている:Paul Satori『Das Buch von Deutschen Glocken. Im Auftrage des Verbandes deutscher Vereine für Volkskunde』(1932年刊行, Walter de Gruyter & Co., Berlin und Leipzig, XII + 258 pp.).もう90年も前の本だが,ドイツにおける「鐘(Glocken)」がたどってきた歴史と文化と民俗を語る上では欠かせない基本文献とのこと.1932年出版の原書はポーランドヴロツワフ大学デジタルライブラリーから DjVu 形式のファイルとして全文公開されている:Digital Library of University of Wroclaw [DjVu: open access].なお,ワタクシはこの DjVu という画像圧縮方式についてぜんぜん知らなかったが,jpeg や pdf よりもはるかに圧縮率が高いとのこと.DjVuLibre というフリーの DjVu ビューワーが公開されている.

中世の西洋の鐘については,ずいぶん前に:阿部謹也甦える中世ヨーロッパ』(1987年7月30日刊行,日本エディタースクール出版部,東京,vi+331 pp.,ISBN:4-88888-124-3目次書評)を読んだことがある.一方,日本における鐘については:笹本正治中世の音・近世の音:鐘の音の結ぶ世界』(2008年4月10日刊行,講談社[学術文庫1868],343 pp.,本体価格1,100円,ISBN:978-4-06-159868-3目次書評版元ページ)がとても参考になった.

いまの打楽器奏者であれば,「グロッケンシュピール(Glockenspiel)」と聞けば,管弦楽吹奏楽で用いられる打楽器の「鉄琴」をすぐ思い浮かべる.しかし,グロッケンシュピールとはもともと音程の異なる複数の鐘からなる「組み鐘」— 「カリヨン(Carillon)」とも呼ばれる — を指していた.この組み鐘で旋律を演奏するのに鍵盤(棒)が用いられた.のちに,鐘の代わりに金属板を配置した「鍵盤付きグロッケンシュピール(jeu de timbre)」が発明され,さらに鍵盤が廃されてマレット(撥)で叩くようになったものが現代の「グロッケンシュピール(鉄琴)」だ.この楽器間の祖先子孫関係はとても興味深い.今でもドイツの古い街では大きな組み鐘が教会などに設置されていることがある.

今回の翻訳に際しては,原書にはまったくない鐘の写真や古い絵などがたくさん追加され,さらに巻末には訳者による詳細な解説記事「西欧における鐘の文化略史──あとがきに代えて」(pp. 417-454)が付されている.すばらしい.