『古文書返却の旅:戦後史学史の一齣』

網野善彦

(1999年10月25日刊行,中央公論新社中公新書1503],東京,viii+199 pp.,本体価格660円,ISBN:4121015037版元ページ

参考:河野通和(「考える人」編集長)「網野善彦『古文書返却の旅』(中公新書)

【書評】※Copyright 2001, 2013 by MINAKA Nobuhiro. All rights reserved



思いもよらない裏面史があった



水産庁の旧・東海区水産研究所(現在の中央水産研究所)で,敗戦後間もない頃に計画された漁村史関連古文書の大々的な全国的収集プロジェクトがあったということ自体,私には初耳だった.しかも,その計画に,本書の著者はもちろん,宮本常一ら数多の民俗学者が深く関わっていたというのも驚きである.



本書は,著者が正直に認めているように,確かに戦後歴史学の【失敗史】である.プロジェクトの挫折によって後に残された膨大な古文書資料を返却するために,40年をかけて全国をまわって歩いた記録が本書だからである.しかし,単なる失敗譚ではない.戦後の混乱期を経て,東海区水研のプロジェクトが解散された後のこと−著者を含む関係者のその後の経歴や日本常民文化研究所が流転の末に神奈川大学に落ち着いたこと−など,当事者のみが知り得る事情がつづられている.



それにしても,数十年という長い年月を隔てたことによる,津々浦々の漁村・海村の変貌ぶりはどうしたことだろうか.本書は,単に個人的な回想録にとどまらず,それ自体が民俗学的な記録になっている.



三中信宏(2001年3月3日|2013年12月13日改訂)

【目次】
まえがき
第1章 挫折した壮大な夢
第2章 朝鮮半島の近さと遠さ:対馬
第3章 海夫と湖の世界:霞ヶ浦・北浦
第4章 海の領主:二神家と二神島
第5章 奥能登と時国家の調査
第6章 奥能登と時国家から学び得たこと
第7章 阪神大震災で消えた小山家文書:紀州
第8章 陸前への旅:気仙沼・唐桑
第9章 阿部善雄氏の足跡
第10章 佐渡と若狭の海村文書
第11章 禍が転じて福に:備中真鍋島
第12章 返却の旅の終わり:出雲・徳島・中央水産研究所
あとがき