『納豆の起源』

横山智

(2014年11月25日刊行,NHK出版[NHK Books 1223],東京, 8 color plates + 317 pp., 本体価格1,500円, ISBN:9784140912232目次版元ページ

この本には東南アジア現地調査を踏まえた詳細なデータ(場所・納豆型・調理法など)の図表が載っている.納豆の地理的分布と伝搬経路を推定する上では興味深い情報源である.本書のような食文化民族誌の分野でも「再現性問題」があると著者は指摘する:

「とくに菌の研究をメインにしている理系の研究者の情報は偏っており,どの民族が納豆をつくっているのかといった情報はほとんど記されていない.さらに村の位置などの空間情報もあいまいである.科学の世界では,リピータビリティ(再現性)が重視されているにもかかわらず,第三者が同じ村を訪れて,納豆の生産を確認することができないような論文の書かれ方である.(中略)これは,非常に残念なことである」(p. 155)

最終章で著者が提示する食物としての納豆の「発展段階論」は,食文化系譜の transformation series の構築にほかならない.本書では直線的な “変換系列” が示されているが,おそらく実際には分岐的なものになるのだろう.著者は暫定的結論として「発展段階論をベースに考えると,納豆の起源地は一元論ではなく,おのずと多元論になる」(p. 291)と主張する.東南アジアの納豆文化圏では,いろいろな納豆食文化が系譜的に入り混じっているようである.このエリアのヒト集団の遺伝的な系統関係と地理的分布との関連性を調べると手がかりが見つかるのではないだろうか.食文化はそれを伝承してきたヒト集団とともに変遷してきただろうから.

読後感を一言でまとめるなら,詳細なデータに基づいて見通しよく書かれた良書である.読み進むうちにしだいに “納豆慾” が亢進するのを抑えきれなくなる.掲載された数多くの “納豆写真” をカラーで見てみたいと希望する読者はワタクシだけではないだろう.