『高校紛争 1969-1970:「闘争」の歴史と証言』

林哲夫

(2012年2月25日刊行,中央公論新社中公新書2149],東京,xiv+299 pp., 本体価格860円,ISBN:9784121021496版元ページ

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忘却された「高校紛争」を掘り起こす試み



本書が取り上げたテーマは,1960〜70年代の「大学紛争」がクライマックスを迎えた時期とシンクロして,高校生の間で全国的に広がった「高校紛争」である.1960年代末期の「高校紛争」については,何年か前に読んだ:四方田犬彦ハイスクール1968』(2004年2月25日刊行,新潮社,255 pp.,ISBN:4103671041感想目次版元ページ新潮文庫])において自伝的に描かれていた.本書の中心的メッセージは,そのような高校紛争は全国的に燃え広がったのに,その歴史的な総括が未だになされていないという指摘である.



四方田本の中に出てくる当時のシーン,たとえば「「青山高校の英雄的闘争に連帯しよう」というのが,新左翼の高校生たちの合い言葉となった」(p. 148)というくだりがいったいどのような歴史的文脈を背景にした記述なのかは,読了後してもなおワタクシにはぜんぜんわからなかった.しかし,本書の第一章「一九六九年十月二十一日,都立青山高校」を一読すれば,まさに当時の都立青山高校で「何」が起こったのかを史実に照らして知ることができる.新宿高校バリケード封鎖の中で神話を残したとして四方田本に出てくる坂本龍一も別の顔をして本書に再登場する.



警察の資料によれば,1970年の時点での高校生活動家は,民青系がおよそ一万二千人,中核派革マル派など新左翼系がその半数の約六千人だったという(p. 135).高校生の総数が四百三十万人あまりだった当時の基準で言えば,高校生“活動家”の数は割合としては微々たるものだった.著者は,全国各地の高校の校史や内部資料を参照し,同時に高校紛争の当事者や関係者たちとのインタビューなどを踏まえて,著者はこれまで光が当たらなかった高校紛争の全体像に迫ろうとする.



同時代の大学での「学生運動」と本書が取り上げる「高校紛争」との類似点と相違点がひとつひとつ分析されていて興味深い.卒業式粉砕・校則反対・定期試験ボイコットなど,高校生にとっての身近な問題群が高校紛争の引き金になったことは確かで,安保条約やベトナム戦争あるいは沖縄基地問題のような,より“政治的”な動機づけはあとからやってきた.大学-高校の連動あるいは共産党新左翼各派からの影響を受けつつも,高校生にとっての「高校紛争」はそれ自体が「大学紛争」とは別個の歴史的イベントであると著者は考えている(pp. 275-276).たとえ,それに続く1970年代の終焉のありさまが両者の間で収斂していったとしても.



本書は,ほんの半世紀前にもかかわらず,現在では忘却されてしまった日本のワンシーンを鮮やかに蘇らせている.事実でありながら架空の物語に見えるのは,経過した年月の長さゆえか.読み進んでいて,文中で知り合いの名前にときどき遭遇するたびにワタクシは現実に引き戻された.四方田犬彦自身,1969年当時の「高校紛争」については何一つまとまった考察がなされていないと書いていたが,本書はきっとその“欠落”を埋める本として位置づけられるだろう.



「高校紛争」当時の高校生は1950年代はじめに生まれた世代に相当する.ワタクシはそれに続く「祭りのあと」のジェネレーションだ.著者が指摘するように,世代によって「高校紛争」の意味するものは大きくちがっているだろう.少なくとも高校紛争を「おもしろいことをしたかった」(p. 277)と言ってのける世代は,ワタクシにとっては“アナザーワールド”あるいは“エイリアン”である.本書を読めば,ある世代に共有された Zeitgeist がそれに続く世代にいかに継承されなかったかが実感として再認識できる.大学紛争と高校紛争はどちらもある時点で誕生し,分岐し,成長し,最後には絶滅したということだ.



結論:思わず引き込まれるほどおもしろい本.放置すれば散逸しかねない資料をこまめに掘り起こし,高校紛争の当事者・関係者たちが手の届かないところに行く前に聞き書きし,それらを踏まえて当時の“肉声”を再現しようとした点でリアルに濃密.これくらい濃密な新書に出会うことはめったにない.



三中信宏(2012年3月2日)

【目次】
まえがき i
おもな新左翼党派系の高校生組織 xiv


第一章 一九六九年十月二十一日,都立青山高校 1

 1. 高校がマヒした日 2
 2. 時代に翻弄された高校 21

第二章 紛争の源流をたどる 29

 1. 一九五〇年代の喧騒 30
 2. 六〇年安保での覚醒 41

第三章 社会への反抗,学校への抵抗 49

 1. 羽田,王子,佐世保 50
 2. 初めての校長室占拠 60
 3. 卒業式闘争 75

第四章 高校生はなにを問うたか 85

 1. 生活指導,校則 88
 2. 教育制度 102
 3. 学校運営,政策 110
 4. 政治課題 126

第五章 活動家の実像 133

 1. 社会問題としての高校紛争 134
 2. 活動家の苦悩 145
 3. 革命家を目指した高校生たち 152
 4. バリケード封鎖の風景 170

第六章 紛争重症校列伝 183

 1. エリート校の問題提起 184
 2. 負のスパイラル 196
 3. 長期化 201
 4. 戦争の間近で 210
 5. 女子と紛争 224
 6. 実業高校 231
 7. 稀なる勝利 237

第七章 紛争はどう伝えられたのか 247

 1. 沈静化へ 248
 2. その後の活動家たち 253
 3. 学校は変わったか 267


あとがき 283
主要参考文献 287
年表 293