『犬の伊勢参り』

仁科邦男

(2013年3月15日刊行,平凡社平凡社新書・675],東京,255 pp., ISBN:9784582856750版元ページ

動物文学だけではなく民俗動物学と歴史学にまたがる良書.「犬のお伊勢参り」という “動物奇譚” をリクツの上で解明しようとする姿勢がいい.どうして江戸時代の犬は “自発的” にお伊勢参りしたのか? そして,犬や牛や馬がお伊勢参りしたのに対し,猫だけが行かなかった理由はどこにあるのか? 犬を見る人間のまなざしと人間を見る犬のまなざしとが複雑に交わる.人間と動物の “境目” がぼやけるような感じ.

なぜ江戸時代に「犬のお伊勢参り」が生じたのか? 第一のポイントは,当時は飼い犬でも野良犬でもない「里犬」という中間的カテゴリーが実在していたという点.「里犬」とは,特定個人の飼い犬ではなく,村や町などの集落全体で “飼われて” いた犬のこと.第二のポイントは人間側の思い込み:「かつての町犬の中には親切そうな人がいれば,その人について行く犬がいた.……だれかが,この白犬は伊勢参りの犬ではないかと思った瞬間,ほんとうに伊勢参りが始まる」(pp. 250-251).人里で付かず離れず生きてきた「里犬」という存在に対して人間が「お伊勢参り」という文化現象を投影した偶然.

結論:「犬の伊勢参りは人の心の生みだした産物でもあった」(p. 253).おみごと.これはもう読むしかない本でしょ.

【目次】
はじめに 7
序章:犬が拝礼した 11
第1章:「虚説」か「実説か」──明和八年、御蔭参り 27
第2章:単独で伊勢参宮 59
第3章:文政十三年の御蔭参りと「不思議」の正体 77
第4章:神宮と犬、千年の葛藤 109
第5章:ぞくぞく犬の伊勢参り 143
第6章:豚と牛の伊勢参り 163
第7章 :長旅をする犬たち 191
終章:犬たちの文明開化 237
あとがき 252