『人、イヌと暮らす:進化、愛情、社会』感想

長谷川眞理子
(2021年11月30日刊行,世界思想社[教養みらい選書・007],東京, xii+184 pp., 本体価格1,700円, ISBN:978-4-7907-1763-8版元ページ

ご恵贈ありがとうございます.東大駒場キャンパスで最も有名な犬としてその名を内外に馳せ,一昨年に大往生を遂げたスタンダード・プードル “キクマル” の一代記.

“マルチスピーシーズ民族誌” という言葉を近年よく耳にする.本書はヒトとイヌがたがいに見つめ合いながら “やわらかな共同体” を形成していく過程を伝記的に描いている.もちろん主役は伝説の名犬 “キクマル” だ.かつてワタクシは駒場キャンパスや幡ヶ谷のマンションで, “キクマル” をなでなでしたことがある.本書を読んでまず受ける印象は,ヒトの住む場にイヌがやってくると,段階的に “ヒト–イヌ共同体” が成立することだ.

ヒトの個性とイヌの個性が最初はぶつかり,しだいに馴染んでいくときのヒト側の心情の変化を著者はつぶさに書き記す.伴侶動物としてイヌを飼っているどの家庭にも本書と同じような “ヒト–イヌ物語” がそれぞれあるにちがいない.

生き物の命はかぎられている.あの “キクマル” も天に上ってしまった. “キクマル” 生前から “キク父” が「キクマルロス」になってしまうのではないかと周囲ではヒソカに懸念されていたが,元気な二代目・三代目のスタンダード・プードルがいるのでもう心配ないだろう.多くのヒトに愛された “キクマル” に冥福あれ.