『読書の歴史を問う:書物と読者の近代 』

和田敦彦

(2014年7月20日刊行,笠間書院,東京,286 pp., 本体価格1,900円, ISBN:9784305707369目次版元ページリテラシー史研究会ホームページ

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リテラシー史」研究を鳥瞰する本



一年も前に刊行されてすぐ買ったまま放置していたが,このお盆休みにやっと読了.本書は著者が提唱する「リテラシー史」の続刊である.アメリカや東南アジアにおける日本語図書ライブラリーの歴史的成立,戦前日本における発禁処分と図書流通,戦後占領下の検閲プロセス,さらには鉄道路の延伸にともなう新たな読書空間の構築など,さまざまな事例が詳細な註とともに挙げられている.しかし,全体としては各論に傾斜するよりも,むしろリテラシー史全体の鳥瞰を重視した構成であると感じた.



著者のいう「リテラシー史」を理解するには既刊2冊:和田敦彦『書物の日米関係:リテラシー史に向けて』(2007年2月28日刊行,新曜社,東京,406 pp., 本体価格4,700円, ISBN:9784788510364書評目次版元ページ)と和田敦彦『越境する書物:変容する読書環境のなかで』(2011年8月5日刊行,新曜社,東京,362 pp.,本体価格4,300円, ISBN:9784788512504書評目次版元ページ著者ブログ)を事前に “予習” しておくのがいいだろう.



本書の「おわりに」で,著者は本書の目的をこう要約する:


「書物が読者にたどりつく,読まれていくプロセスに関心を向け,その歴史をとらえていくこと,そのための手立てや,そうした問いによって開けてくる可能性を示していくこと,それが本書の役割である」(p. 245).



「書物がどのようにして読者にたどりつくのか?」という著者の視点は時代と場所を問わずいつでもどこでも生じ得る.既刊2冊で著者は過去をさかのぼりいくつもの個別事例を探った.本書の第8章「電子メディアと読者」ではいままさに起こりつつある状況に目を向ける.論文や書籍が次々に電子化され,そのデータベースが広く用いられている現代にあって,著者は「これまで遠く離れ,しかも希少であった過去の書物に対して,読者が近づきやすい環境は生まれている」(p. 184)とその利点をまず認める.



しかし,その一方で,デジタル化された文献データベースはたとえ情報量が膨大であったとしても,皮肉なことに「電子化されている書物をうまく使うには,実は電子化されていない書物についての知識が重要なのだ」(p. 187)と著者は言う.


「教育や研究に携わる側からすれば,今日の電子情報や各種データベースは確かに「便利」だが,そう思うのは,便利でなかった時期の調べ方が自身の心身に刻み込まれているからなのである」(p. 188)



この指摘に,ワタクシは思わず「あるある」とうなずいた.著者は,初学者にとっては,年長の教員が語る “昔話” が意外に役に立つと言う:「こうした話は得てして昔の苦労話や懐旧談のように思われがちだが,実際には情報を集め,選別する際の効果的な手順や戦略が豊富に含まれてもいる」(p. 188).ここで重要なポイントが提示される:


「具体的な広さと物理的な限界をもった場所,いわば「函」の中で学んでいくことが,自身で研究できるようになるまでの大事な段階として機能する」(p. 199)



その「函」とは図書館の「書庫」あるいは「棚」である(p. 198).初学者が学ぶ過程では,デジタル・アーカイブのかぎりなく「広大な空間」を検索ワードだけを手がかりにあてもなく彷徨うのは得策ではなく,むしろ物理的制約があって,端がちゃんと見える「狭い空間」の方が教育的だろうという立場を著者は支持している.ワタクシもそう思う.



アルベルト・マングェルとは別の軸の上で「読者の歴史」をたどってきた和田敦彦だが,ところどころで両者の道が交差していることに気づく.本書のカバージャケットには写真家・丸田祥三の印象的な “鉄道と少女” の一枚が大きく配されている.とてもリアルなのに実際にはありえないこの風景は Alberto Manguel『The Library at Night』(2008年3月17日刊行,Yale University Press,New Haven,viii+376 pp.,ISBN:9780300139143 [hbk] → 書評目次版元ページ)の原書カバージャケットにある夜の森のなかでの “読書” の仮想光景を即座に連想する.時空のかなたに続く「読者の歴史」は,この上もなくリアルなのに,想像力を働かさなければ見えてこない ― そんなメッセージをワタクシは受け取った.



三中信宏(2015年8月17日)