『「滅び」と生きる —— 宮崎県椎葉村における種間関係の動態』書評(まとめて)

「滅び」と生きる —— 宮崎県椎葉村における種間関係の動態
合原織部
(2025年5月25日刊行、京都大学学術出版会、京都, 4 color plates + 4 + 272 pp., 本体価格3,400円, ISBN:978-4-8140-0591-8目次版元ページ

冒頭の第 I 部「変わりゆく山村,生業,人々と土地の関係性」の第1章「椎葉村の生活世界」では、椎葉村が置かれている地理的状況と人口推移について概観している。第2章「「先祖の田」の生成 —— 限界集落における稲作の動態」では、椎葉村独特の棚田を維持する住民の苦労を描きつつ、それらの田畑は必ずしも遠い昔からの先祖伝来ではないという点が興味深い。歴史的な過去を “加上” しているのだろうか。

本書第 II 部「獣害:野生動物と人々との関わり合いの諸相」では、舞台となる宮崎県の椎葉村での人間と動物たちとの関わり合いについての記述がとてもおもしろい。

ずいぶん前に、柳田國男・倉田一郎(編)『分類山村語彙』(1941年5月15日刊行,信濃教育會,長野, 4+410 pp.)を読んだとき、イノシシやシカの狩猟に関わるさまざまな語彙があり、その背後には地域ごとの民俗と知識体系があることを知った。その後、書評する機会があった大著:野本寛一『生きもの民俗誌』(2019年7月30日刊行,昭和堂,京都, xviii+666+xxiii pp., ISBN:978-4-8122-1823-5)の冒頭第1章「獣——ケモノ」(pp. 17-355)にも、シカ・クマ・イノシシをめぐる膨大な民俗学的情報が集められていた。

椎葉村にはクマはもういないようだが、イノシシとシカをめぐる狩猟文化は現在まで根強く残っていると著者は書いている(第3章「「害獣」を仕留め山の神に捧げる —— イノシシ・シカの狩猟と有害鳥獣捕獲との関連について」)。イノシシがダニ落としのためにのたうつ「ヌタ場」があることは『分類山村語彙』や『生きもの民俗誌』ですでに知っていたが、本書ではその「ニタ場」を写真入りで見ることができる。[なお、p.79「写真3-7:獣密」は p.70「写真3-1:獣道」と同一なので、おそらく組版の際の貼り込みミスだろう]

椎葉村でのサルによる被害は近年ひどくなっているらしい。第4章「猿害から生成される「サルの祟り」の多層性」では、サルへの住民の姿勢にイノシシやシカとは異なる側面があることを著者は強調する。サルの狩猟文化が椎葉村ではもともと根づいていないことに加えて、 “サルの祟り” なる地域伝承がサルに対する向き合い方にかなりつよく影響しているという。

続く第5章「大型囲いワナが椎葉村に設置されるとき —— サル捕獲機具の開発と利用をめぐる考察」は、犬山のモンキーセンターでつくられたサル群捕獲用の「大型囲いワナ」が、椎葉村でどのような使われ方をしたかを論じる。たとえ効率的にサルの群れを捕獲できたとしても、最後の瀬戸際で仕留める側の住民は躊躇するという。同じ害獣であっても、住民との長い交流史のあるイノシシやシカと比べれば、新参者のサルはまだ “付き合い方” がこなれていないということだろうか。

第 III 部「家畜化 —— 複数種の協働をめぐる諸相」は猟犬と蜜蜂の話題に移る。

まず第6章「猟犬の「変身」 —— 猟師と猟犬の接触領域に着目して」から。犬は長年にわたって人間の伴侶動物だったが、こと猟犬に関して言えば、椎葉村ではイノシシやシカを狩るときには猟犬が欠かせない。狩猟中は人間と猟犬とは同格の扱いとなり、狩猟中に死んだ猟犬は「コウザキ様」として祀られるという。その一方で、 “狩猟ツール” としての猟犬の人為選抜は過酷で、もともと能力のない子犬はどんどん間引かれるとのこと。同じ猟犬であっても、狩猟中と育種中では、扱いがまったく異なる。

続く第7章「養蜂をめぐるハイブリッド・コミュニティの生成 —— 知覚を通じた複数種間の交渉に着目して」では、椎葉村のニホンミツバチの養蜂業に目を向ける。蜜蜂は農林水産省的には、ただの “昆虫” ではなく、産業上重要な “家畜” として扱われる。本章では椎葉村の養蜂の歴史の中で、人間と蜜蜂がどのように関係をつくってきたかを考察する。人が蜂群をどのようにコントロールできるか。数多の試行錯誤を通してこの地域の養蜂業は存続してきた。第8章「ニホンミツバチの減少と養蜂の変容」は、近年の環境破壊とシカによる森林植生の損傷、さらにはアカリンダニのような外来生物や農薬の使用が養蜂業に与えている影響を論じる。この地域特有の「焼畑農業」のもつ効用についても触れられている。

最後の第Ⅳ部「シカ肉の商品化 —— ジビエ事業の拡大とシカ—人関係の変容」の第9章「シカ肉のジビエ利用をめぐる考察 —— 宮崎県の山間部におけるシカ肉生産の過程に着目して」では、椎葉村地域でのシカ個体群の動態とシカ肉の加工・流通について考察する。1980年代までは椎葉村ではシカが目撃されることはほとんどなかったらしい。しかし、その後、雌シカの保護政策により、シカ個体数は指数的に増え、今世紀に入ってからは制御できない段階になったという。その結果、温暖化の影響も重なり、シカの食性や繁殖期も急速に変化し、そのことが人間とシカとの関わりをも変えつつある。椎葉村では、他地域とは異なり、シカ肉が食用肉ではなくもっぱらドッグフードとして加工・販売されている背景には、椎葉村ならではの地理的特徴とシカ狩りの狩猟文化があると著者は指摘する。

本書全体を通じて、人間の他の生物とのつながりを意味する「アッセンブリッジ(assemblage)」と、地域ごとの「伝統的な生態学知識(TEK: Traditional Ecological Knowledge)」を踏まえて、椎葉村のケーススタディーを構成している。ワタクシは、群集生態学と民俗生物学の著作として本書を楽しんだ。

近年の「マルチスピーシーズ人類学」は、生態学が長年積み重ねてきた群集や生態系の中での種間関係の研究に収斂しているようにワタクシは感じるが、それは気のせいだろうか? マルチスピーシーズ人類学がたとえもっと人間寄りの軸足だとしても、それは程度の問題に過ぎないのでは?